WINGS&アイロミームproject(仮)
詩葉② 『学祭準備 編』
学祭準備 編     『今日の放課後、体育館横の倉庫まで来て』    という、果たし状なのか脅迫状なのか分からない怪しいメモ書きを発見したのは、昼休みの事だった。 ちょっとトイレに行こうと思って席をたち、帰ってきたらいつの間にか机の上に置いてあったのだ。 差出人の名前は書かれていなかったが、どこかで見覚えのあるその筆跡を見て、無意識にぶるるっと悪寒が走る。 「シメられる……!」と自然に身体が警告を発していた。      しかしながら、無視して帰る訳にもいかない。 そんな訳で、メモ書きの指示通りに、体育館横の倉庫までやって来た。 嫌だなぁ……と思いながら進むと、倉庫の前に、メモを置いていった本人と思われる人物━━━稲垣 詩葉(いながき ことは)さんが、仁王立ちで腕を組んで待ち構えていた。    「やっと来たわね」    腕に生徒会の腕章をつけた彼女は、非の打ち所がない程にカッチリとした制服の着こなしで、艶のある真っ直ぐな髪を風に靡かせ、その髪よりも更に真っ直ぐな視線をこちらに向けていた。 あぁ……完全に"副会長モード"だな、と心の中でため息をつく。 これはもう間違いない。 何かお説教がくる……    「今日、あなたに此処まで来てもらったのは他でもないわ。 少し、手伝って欲しい事があるの」      ほら、やっぱりお説教…………って、あれ?    彼女の口から発せられたのは、『手伝って欲しい事がある』という言葉だった。 予想と異なる展開に拍子抜けし、思わず「へ?」と声を漏らしてしまう。    「……だから、あなたに手伝って欲しい事があるの。  説明するから、とりあえず中に入って」    そう言って、倉庫の中へと誘導される。 なんだかよく分からないまま、稲垣に続いて倉庫へと入っていった。            倉庫の中は薄暗く、棚に溜まった埃が嫌というほど激しく付近を舞っていた。 清潔で綺麗なイメージの聖歌学園高校には不釣り合いなこの倉庫で、稲垣は一体何を手伝わせようというのだろうか? ……いやまぁ、倉庫で手伝いって言ったら何となく分かるけど。    「あなたに頼みたい事というのは、コレよ」    そう言って、稲垣は近くにあった段ボール箱の側面をバンッと叩いた。    「今度の学校祭で使われる備品です。 本来なら、昨日のうちに私一人で体育館の中に運ぶつもりだったのだけれど……その、どうにも数が多くて、私一人の手には負えなかったから……。 ……それで、あなたに手伝って貰うことにしたという訳」    どうやら、予想通り荷物運びの依頼だったようだ。  正直言って面倒くさいが、 まぁ稲垣のお説教に比べれば大分マシだ。 それに、ピリピリしてる時以外の彼女は意外と可愛いげのあるところが多くて、一緒に居て飽きないし、むしろ楽しい。 荷物運びぐらいなら、喜んで買って出る。  グーサインを出して了承の意を示すと、彼女は安心したかのようにホッと胸を撫で下ろし、しかしすくにキリッとした顔つきに戻って、    「ありがとう、助かるわ。   ……明日には、運動部の人たちが体育館内の準備を始めるから、今日までに此処にある備品を全て運び入れなければいけないの。 だから、テキパキ行動してもらいますからね」    両手を腰に当て、やる気満々な様子の稲垣。 これは、自分も張り切って仕事をしなければ……!            ━━━と意気込んだは良いものの、これはなかなかの重労働だ……。    荷物はそこまで重い訳じゃない。 ただ、段ボールの数がどうにも多すぎる。 もう何往復もしているというのに、全然終わる気がしないのだ。  自分が段ボールを倉庫の棚から運んで倉庫の入口まで持っていき、そこから稲垣が体育館の中へと運びいれていくという、バケツリレーのような手法で次々と荷物を運び出していく。 そんな単純作業を延々と繰り返していくが、なかなか終わらない。 というか、稲垣はこれを一人で全部やろうとしていたのか……。       「……大丈夫? 疲れたのなら、少し休憩を入れましょうか?」    入口で鉢合わせた稲垣が、顔を覗き込みながらそう声をかける。 心配をかけさせまいと、ニコリと笑って「大丈夫!」と告げるが、稲垣はゆっくりと首を横に振った。    「駄目よ。 疲労が蓄積された状態で作業を続けても、それはかえって作業効率を落とすことに繋がります。 無理をして続ける事が正しい事だとは限らない。 ……だから、少し休みましょう?」    うっ……疲れていたのを見抜かれた上に、反論のしようもない言葉で説得されてしまった。 稲垣の言葉は、説得力が強い上に、何故かスッと府に落ちるほどの正統性すら持ち合わせている。 稲垣に休めと言われた以上、もう休まざるを得ない。 という訳で、作業は一時中断となった。      「ざっと見た感じだと、あと半分といったところかしら……」    体育館の中に運び込まれた段ボールの山に目をやって、ふと稲垣が呟く。 あ、あれだけ運んだのにまだ半分って……いくら何でも多すぎる!!  一体どれだけ学校祭の備品があるんだと、ふと足元にあった段ボールを開けてみる。          …………………あれ?      段ボールの中に入っていたのは、大量の紅白玉だった。 お手玉のような手触りで、若干砂を被っている。 学校祭とはまた別の、違う場面でよく見かけるようなこの玉……。     ……これって、学校祭の備品じゃなくて、体育祭の備品なのでは?    ちょんちょんっ、と稲垣の肩を叩き、無言で段ボールの中身を指差す。 彼女は、悪さがバレた子供のようにギョッとした表情を浮かべ、しかしすぐに何事もなかったかのようにコホン、と咳払いをした。    「……あ、あぁ。 どうやらそれは学校祭の備品では無かったようですね。 なら、その箱は元に戻しておきましょう」    ……いや、言いたいのはそういう事ではない。  額にうっすらと汗を浮かべる稲垣に、ストレートに疑念をぶつける。  ……これ、別に全部運び出さなくて良かったのでは? と。        「…………」    無言を貫く稲垣。 しかし、動揺しているのは確かなようだ。 これは、何か裏があるに違いない……。    「きゃっ! ちょ、ちょっと何するの!?」    彼女の腕をむんずと掴み、そのまま倉庫の中へと入っていく。 倉庫の中には、まだ数十ほどの段ボール箱が残っていたが、どうやらその中には、学校祭とは関係の無いものもあるらしい。 ならば、運び出す前に箱の中身を確認し、それから必要な分だけ出していけば良い。 その方が効率が良いに決まっている。  彼女にそれを確かめさせる為に、ちょっと強引だが倉庫の奥にまでついてきてもらった。 手元に懐中電灯もある事だし、これから一つずつ箱を開けて中身を確認していけば……        ━━━ガタンッ!!        「ひゃあっ!?」      突如、近くで大きな音がした。 どうやら、棚にあった荷物が落ちてしまったらしい。 ただ、それよりも驚くべきなのは、稲垣が身体を丸めてこちらの腕にギュッとしがみついてきた事だ。  どうしたの!? と尋ねると、彼女はブルブルと身体を震わせながら、普段の彼女からは想像もできないようなか細い声で、    「外に……一旦外に出て! お願い……!」    軽くパニック状態に陥っている稲垣に言われるがままに、倉庫の入口付近まで戻る。 その際にも、彼女はずっと自分の腕にしがみついていた。 しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻した様子の彼女は、恥ずかしそうにそっと距離をとってから、深々と頭を下げた。    「……ごめんなさい。 私、あなたを騙していたわ」    騙す? それって一体……?   まだ膝をふるふると小刻みに震わせている彼女に、優しい声で問いかける。      「……もう察しているでしょうけれど、この倉庫にある段ボール箱には、学校祭とは関係の無い備品のものもあるわ。 だから、全てを外に出す必要は無い。  ……でも、私はそれを敢えて言わず、あなたに全ての段ボールを運び出させた。 それが終わってあなたが帰ったら、私は一人で荷物の選別作業を行い、必要のない分を倉庫の前に戻しておくつもりだったの」    なるほど……どうやら稲垣は、知らずに段ボール箱を全て運び出させていたという訳ではないらしい。  ……じゃあ、どうしてそんな二度手間になるような事を? そう尋ねると、彼女は一瞬黙り込んでから、消え入りそうな程の小さい声で、        「…………手、だから……」      ……え?      「……私、暗いところが苦手だから……それで、極力倉庫の奥には入らないようにしていたの……!」      そう言って、分かりやすい程にカアアッと顔を赤くする稲垣。 あまりにも意外なその理由に、思わずポカンと口を開けてしまう。      どうやら彼女は、暗い場所が苦手であるが為に、倉庫の中で段ボールの選別をすることが出来なかったらしい。 そこで、自分に倉庫内の段ボールを全て運び出させ、倉庫の外で選別作業をしようとしたのだという。 ……なんかもう、ツッコミ所が多すぎてどうすれば良いのか分からない。    「……私が幼稚園の頃、家の蔵で遊んでいた時に、祖父が誤って蔵を閉めてしまって、中に閉じ込められた事があるの。 数時間後に助け出されたから良かったけれど、それ以来暗いところに入るとパニックになってしまうようになって……」    ふむ……いわゆる『閉所恐怖症』みたいなものだろうか。 幼い頃に経験したトラウマは、大きくなってもなかなか消える事はない、ってよく聞いたりはするけど。 そんな事を考えていると、稲垣がはぁ……と重くため息をついた。    「……駄目ね、私。 自分が想定しなかった事態に陥ると、すぐに冷静さを失ってしまう。 自分の中で構築したマニュアルの通りにしか動けない。 そのせいで、あなたにみっともない所を見せてしまったわ。 ……ごめんなさい」    丁度太陽が体育館の屋根に隠れ、稲垣の顔に影を落とす。 そんな、恥ずかしさと不甲斐なさを感じて俯いている彼女を見て、        衝動的に、彼女の頭をポンポンと撫でていた。        「…………な、」    何が起きたの? といった様子でスッと顔をあげる稲垣。 そして、今の自分の状況をしっかりと理解したと同時に、みるみる顔を赤くしてわなわなと震えだした。      「な…………ななななな何をしているんですかあなたは!!? ちょ、止めっ……止めなさい! その手をどけなさいってば!」    とか言いながら、距離をとったり手を振り払ったりしない辺り、そこまで嫌がっている訳ではないみたいだ。 コミカルに両手を振ってあたふたと慌てる稲垣をずっと見ていたいような気もしたが、流石にからかい続けるような真似も良くないと思い、そっと手を離す。 一瞬、彼女が寂しそうな顔を見せたような気がしたが、気のせいだろうか?      「……変に誤魔化そうとしないで。 言っておくけど……これは私個人の問題であって、あなたにどうこうされたからといって変わるものではないのよ」    稲垣がジトーッと睨みをきかせながら言ってくるが、そんな事は分かっている。 分かった上でそうしたのだ。 頭にハテナマークを浮かべる彼女に言ってやった。      謝る必要なんてない、誰にだって苦手なことぐらいあるんだから。 ……だから、そんなに気負いしなくても大丈夫。 と。          「…………」      ……あれ、ノーリアクション? 自分としては、なかなか良いこと言ったつもりだったんだけど……。  そんな、どうしていいか分からない気まずい雰囲気にオロオロしていると、不意に、稲垣が脱力するかのような軽いため息をついた。      「……はぁ。 あなたのそういう優しいところ、時折ズルいと思うわ」    へ……? それってどういう意味……?  その言葉の意味を理解するよりも先に、稲垣が「よしっ!」と気合いを入れて両手を腰にやった。 その表情は、先ほどまでの弱々しい感じから一転して、最初と同じ"副会長モード"に切り替わっていた。    「こうなった以上仕方ないわ。 むしろ、ここからは効率よく作業ができるわね。  ……私はここで指示を出すから、あなたは倉庫内に残っている段ボール箱を片っ端から開けていって、どれが学校祭に必要な備品か確認して。 良い?」    キリッとした、しかしどこか吹っ切れたような笑顔を見せる稲垣。 そんな彼女の姿を見たら、ますます頑張りたくなってしまう。 ……というか、今更やる気がなくなったりなんてするものか。  多少楽になったとはいえ、まだまだやらねばならない事はたくさん残っている。 しかし、稲垣と二人で一緒に頑張れるのなら、それも悪くないかもしれない。 そんな風にさえ思えてしまうのだった。  さて、残りの分も頑張って片付けて━━━          ━━━バタンッ!!      「ひゃあああああっ!!?」      風に煽られたのか、急に倉庫の扉が大きな音を立てて閉じた。 外からの光が扉によって遮られ、真っ暗になる。 と同時に、すごい悲鳴をあげて稲垣が自分の胴にしがみついてきた。       辺りは真っ暗、移動しようにも抱きつかれていてうまく動けない。 八方塞がりの状況に陥ってしまったと悟り、はぁ……とため息をつく。  ……どうやら、作業はもうしばらく難航しそうだ。       学祭準備 編  END
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