学園襲来編10話 2年Aクラスとの対面
単衣は林の車に乗って車窓から景色を眺めていた。間もなく星葉学園が見えてくる。白い屋根の大きなドームの中は、魔法や重火器をふんだんに使用出来るほどの規模と頑丈さを誇っている。すぐ近くには大きなビルが建っていて、筆記授業などはこちらで受ける。
地下に設営された駐車場に車は入っていく。適当な場所に駐車すると、林と単衣は降りてエレベーターのボタンを押す。すぐにエレベーターはやってきて、二人は乗り込んだ。
「林、職員室は3階だよ。僕は先行ってるね」
単衣はそう言いながら3階と単衣が降りる15階のボタンを押した。
「わかりました」
やがて3階にとまり、林はエレベーターを降りた。
「では、また」
「うん、またあとで」
そう言葉を交わすと、エレベーターのドアが閉まって林が見えなくなった。途端に単衣の身体が震える。
(まだ、ちょっと怖いかな)
単衣にとって林の存在は大きかった。林がいなくなった途端に不安と恐怖が単衣を襲う。
(大丈夫。林が大丈夫だって言ったんだ)
15階にエレベーターが止まった。
「よし」
ドアが開いて、単衣は一歩目を踏み出した。
*
2年Aクラスのドアの前に単衣は立った。この先には涼がいて、友里がいる。単衣は二人とも会いたくなかった。でも、行くしかない。
単衣はドアを開けた。教室の窓際から2列目の最後尾に金髪で鋭い目つきの男性が座っていた。星葉学園の男子の中でも指折りのイケメンの彼は、荒木 涼。そのすぐそばに友里がいて、二人は楽し気に笑っている。単衣の席は窓際の列の最後尾。つまり涼の隣だった。
「お、辛気くせえのが来たな」
自分の席に向かう単衣に涼は気付いて、茶化した。
「涼、やめなよ」
「はいはい、わかったよ」
友里の言葉に、涼は素直に従った。涼にとっても友里は幼馴染で、大切な人物だった。
「単衣、気にしなくて良いから」
「うん、わかってる」
単衣は席についた。すぐにクラスメイトの視線に気づく。落ちこぼれを見る侮蔑の視線。実力至上主義のこの学園では当然だった。
(そんな目で僕を見るな)
単衣は視線から逃げるように顔を机に突っ伏した。
「チィッ!」
涼の舌打ちが響いた。単衣のことを情なく思っているに違いなかった。
教室のドアが開いた。教官と補佐の女性型アンドロイドが入室してきた。
教官の名は秋田 智。ボサボサな黒髪にくたびれたスーツでだらしない教官として印象的だった。
女性型アンドロイドに名前はない。ただ指示を出すときには補佐と呼べば反応をする。アンドロイドの見た目は本物の人間とうり二つだが、プログラムされた言動はどこかぎこちなくアンドロイドだとすぐ分かる。その女性型アンドロイドは女性用のスーツを着ていた。
「さて、転校生を紹介する」
挨拶もなくいきなりホームルームを進行させるのはとても秋田らしかった。Aクラスの生徒たちはもうすっかり慣れていて、それよりも転校生という話題に大変心が踊っていた。
教室のドアが開いた。白い髪の美少女が入室した。小学生のような体型のその少女は、袖や裾をばっさり切った巫女装束を着ていて、腰には純白の鞘に収まった刀、桜を携えていた。
「初めまして。A部隊隊員の枝垂 林です。この度星葉学園の生徒となりました。よろしくお願いします」
林はそう言って幼く小さな身体をぺこりと曲げた。Aクラスの生徒たちは騒ついた。対特殊部隊を目指す者たちがほとんどの為、当然林のことを知らない生徒はいるはずがなかった。
「ちなみに、そこに座っているブサイクな面の男子生徒ですが」
林は単衣を指さす。当然クラスメイト全員が単衣に注目する。何故彼を指さしたのか、ほとんどの生徒が疑問に思う。友里を除いて。
(り、林? 一体何を)
単衣は嫌な予感がした。たらりと冷や汗が頰を伝う。
「私は彼の師匠であり、恋人です」
にっこりした顔で林は言い放った。
「はあ!?」
その悲鳴で口火が切られたかのように、あちこちで様々な声があがる。A部隊の隊員が落ちこぼれでブサイクな八意 単衣と付き合っているなんて、星葉学園のほとんどの生徒がショックを受ける事実だった。
「ほう、私に攻撃しようとしている者がいますね。良い度胸です」
林はそう言って窓から2番目の列の最後尾を見た。そこは単衣の隣であり、涼が座っているところだった。
「へえ。流石だな」
涼は机の下に手を隠して、その手のひらに火の玉を生み出していた。
「あんた、目が見えないんじゃなかったか」
涼が言った。
「ええ。ですが音でわかるのです。例えばあなたのその炎は、きちんと燃える音が聞こえます。そもそも、あなたの方で腕を机の下に移動させる不自然な音も聞こえていました」
林の言葉に、クラスメイトは圧倒された。
「ふふ。良いでしょう。撃って見なさい」
林が挑発した。
「A部隊隊員の実力を見るのは、皆さんにとっても良い勉強になるはずです」
そう言って林は涼に笑いかけた。
「へえ、言ってくれるじゃねえか」
そう言った涼の顔を、単衣はそっと見た。彼は頭にきている時、気が狂ったような笑顔を浮かべる。涼の今の顔はまさにそれだった。
「じゃあ、死ねえ!」
あろうことか彼は全力で魔力を込めて火の玉を放った。見た目はバスケットボール程しかなかったが、たっぷりと魔力が込められているそれは、かなりの威力があるはずだった。例えば林が避けたりすれば、後ろのディスプレイが粉々に砕け散って、その壁に大きな穴をあけながら隣のクラスまで貫通するだろう。
しかし魔法は、林のもとに届くことなく消失した。
「枝垂流・藤」
技名を言った林だったが、クラスメイトの目には火の玉が急に消失したように見えていた。もはや林は剣さえも握っていないように見えた。
しかし単衣は林の動きを全て捉えていた。枝垂流・藤は単衣にとっても見慣れた技だったから、なおさら良く見えた。
「な……」
涼は言葉を失った。彼にとって全力の火の玉が、あっさりと消されてしまったのだ。それどころか林が一体何をしたのかさえわからなかった。
「ふふ。では自己紹介は以上ということで。良いですね、秋田先生」
「ああ。席に座れ。八意の前だ」
単衣の前は空席だった。林はとことこと歩いて単衣の前まで来る。そしてにこりと単衣に笑いかけると、着席した。
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