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まきのさん
2018年10月30日 12:03
投稿カテゴリ : 記事

治療魔法でも癒やせない君の心02

 来世に期待、とはよく聞く言葉だと思う。だが、それを本当に信じて暮らしている人などほとんどいないに違いない。みんな、なんだかんだ上手く生きていくものだ。

 ただ僕は、その大勢と同じにはなれなかった。僕はとにかく、痛みに左右されるこの人生が嫌なのだ。今までにも、何人も痛みに耐え切れず死んでいく人を見てきた。そのたび、僕はそれを救おうと思って自分に痛みを課し、耐えきれずその命を諦めてきた。

 人生とは僕にとっては痛みの象徴だった。苦悩の証だった。痛みそのものを侮蔑しているとすら言っていいかもしれない。

 だから終わってくれるならさっさと終われと思っていたし、自ら終えようとしたことも何度かある。しかして僕はまだ生きているわけで、日常は続いていくものだ。平凡に、退屈に。




 しかし、その事件は唐突にやってきた。

 それはなんでもない、とある春の日の出来事だった。いや、なんでもないとは少し違う。僕達はフレッシュスチューデント、通称フレチューという春の合宿に来ていたのだ。高校に入学したんだしみんなで仲良くなりましょう、というなんともおせっかいな趣旨の旅行だ。

 自由を掲げる我が白羽高校は入試の際に必要とされる学力が高く、有名な大学への進学実績も高いということで県外からも多くの学生が集まってくる。だから元々の付き合いのある学生の方が数少ないのだ。

 だからこそ、早いうちに友達を見つけなさいという学校側の気遣いは多くの学生にとってはありがたいことかもしれない。

 宿泊場所に選ばれたそこは学校の場所とも比較的近いが、今時珍しいかもしれない、昭和よりさらに昔を思わせるかやぶき屋根が立ち並ぶ里だった。

 呼吸をすれば木の葉の存在を間近に感じられる。視線を上に向ければ絵の具をぶちまけたような星空が広がっていた。しかし、入学して間もない子供達を集めて一晩を過ごせというのは、ある意味拷問にも近いものじゃないだろうか。

 そんなことを考えていたのはどうやら僕だけじゃなかったらしく、民宿の裏口を抜けた森の中に広がる広場には、この行事に不満を持った生徒が数人集まっていた。教師の目も届かないそこはまるで秘密基地のようで、生徒達の童心を大いに刺激したのだ。

「うわ、もう……最悪。蚊しかいないじゃん」
「俺が見つけたこのスポットに文句あるなら中に戻れよ。でもって、狭い部屋で探り探りな会話をしてくればいい。あー、サムサム。晩飯の時とか地獄だったぜ? 俺の班の連中だーれも喋んねーの」
「やー、勘弁勘弁。なんかさー、苦手なんだよね。さあお友達を作りなさい! みたいな空間。あ、あたしは別にあんたみたいにハブられた訳じゃないから」

 そう言い合う彼らもまた、楽しそうに見える。学校行事の趣旨から外れている自分、そして同じくそれに反抗するように集まった仲間達に心を躍らせているのだろうと思う。

 きっとこれはこれで正しいのだ。彼らなりに新しい友達を作ることに対して前向きである証拠なのだから。

「アタシはなんか不良認定されちった。ウケない? アタシ怖がられるなんて人生初めてなんですけど」

 お、木崎さんの声も聞こえるぞ。ちょっと派手目なメイクで目はキリッとつり上がった背の低い可愛い女の子だ。僕と同じクラスであり、一目ぼれとまでは言わないが気になる存在であった。木崎さんがいるならちょっと会話に加わろうか、としたところだった。

「ねえねえ、木崎ってあの大島さんと同じ班でしょ?」

 突然自分の名前が出てきて少し体が跳ねてしまった。

「あー、うん。そだよ。それがどうかした?」
「あの人、ほら、噂じゃん? どう、どんな感じ?」
「うーん……。いい人なんじゃん? すごい落ち着いてるし。でもそこになんか闇が見えちゃってなあ。背小さいし」

 うるせえ。お前だってチビだろ! と僕は心中で突っ込んだ。僕は真の男女平等主義者だ。身長の勝ち負けに男女の差を持ち込んだりしないのだ。

 僕はそれ以上彼女らの会話に耳をすませるのをやめて深く座り直した。

 実際、もう月が僕らに重くのしかかるように真上にそびえている時間だ。本当に心の底からつまらないと感じているならとっとと布団に潜り込んでしまえばいいのだ。

 それをせず部屋を抜け出して集まってきてる以上、彼らもまた、彼ら自身が馬鹿にしている連中と何も変わりはないということだ。

「なあ、それくれない?」

 例に漏れず僕も知らない人間ばかりとの夜に飽き飽きして逃げてきた一人だった。しかし、目の前の彼らのように仲間はずれ同士で仲良く話すこともなく、ただ漫然と夜闇を食らうばかりだった。そんな中、僕に声をかけてくる男子生徒がいた。

 夜の会話もまた一興か、と僕はすっかり重たくなった口を開いた。その拍子に口の中から白い煙が湧き上がってくる。

「子供は吸っちゃだめだろ」
「お前も吸ってるじゃん。ウケる」
「僕はいいんだよ、二十歳超えてるから」

 そうキッパリ言ってやると、少年の動きがピタリと止まった。ふと彼を見ると、月の青い光を遮断するような黒いツンツンのショートヘアーが生ぬるい風に揺られていた。

 綺麗な顔だな、と思った。悲しいかな僕の身長では見上げるほどのガタイを持った男子だった。力強く通った鼻筋の両脇には女子でもまあ見ることは少ないほどパッチリとした二重の笠を持った瞳が月明かりに輝いている。

「ああ、オッサンってお前か!」
「何だよその失礼なあだ名は。誰だそれを広めてるやつは。僕まだロクに喋ってもないぞ。それに僕はまだお兄さんだ」
「大島浩輝だろ? 二組の。俺も二組なんだよねー。割と有名だぞ。二十歳のオッサンが紛れ込んでるって」

 本当に失礼極まりない言い草だった。それに正確に言うなら二十四歳だ。しかし、いちいち食ってかかるのもみっともないので僕は黙り込んで再びタバコに口をつけた。

「オッサンこんなところで何してんの?」

 そんな率直な物言いが、なぜか心地よかった。立場は同じ高校一年生だ。いちいち口調に文句をつける気もない。むしろこれまで話してきた生徒達はどこか萎縮してしまっていて、とても会話にならなかった。

 そう考えればこの少年の態度は異質ではあれど、不愉快なものではない。

「んー、なんか。つまんねえなって思って」
「へえ。このキャンプが?」
「それもそうだけど……なんかみんなと会話合わないんだよね。ほら僕陰キャだから」

 言外に僕と話していても面白くないぞ、と匂わせたつもりだったが、少年はむしろ話に食いつくように僕の隣に腰を下ろした。

「あー、分かる分かる。さっきもさあ、しょうもないことで盛り上がってたから、それ何がおもろいの? って聞いたら場がシーン、と……」
「それはお前が悪いよ」

 その現場を想像して、不覚にも笑ってしまった。僕は姿勢を正すように少年に体を向けると尋ねた。

「僕だけ名前を知られているってのも面白いもんじゃない。君の名前は?」
「恋塚」
「こういう時は下の名前も言うべきだと思うよ」
「恋塚智也だよ。これでいいか? じゃあ一本……」

 そっとタバコを抜き取ろうとする恋塚の頭を軽く叩いた。恋塚はまだ不満そうに唇をゆがめていたが、タバコは諦めたらしい。ペットボトルの蓋を力強く開けると一息にそれを飲み干した。

「別に僕はみんなを馬鹿にしてるわけじゃないんだよね。僕も同じように楽しめればどんなによかったかと思うよ」
「そう、それ! いやー、分かってるじゃんオッサン」
「大島だ」
「オーサン、言いづら。やっぱオッサンで。なんだろうなあ、俺が思ってた高校生活と違うんだよね」
「恋塚って中学時代にヤンチャしてたクチ?」

 下手に成績の良い不良は乗せられるままに進学校に来て後悔すると聞いたことがある。事実、クラスメイトの面々はいい子というか、育ちのいい雰囲気を漂わせた者ばかりだ。僕としても少し居心地の悪い思いをしていないわけじゃない。

「そういうわけじゃないんだけどさ……。なんか前につるんでた奴らとは目の色が違うっていうか」
「目の色?」
「そう、こう……なんかノリがキザぶってるっていうかさ」
「ああー、女子に色目使う男子の話?」
「そう、そうなんだよ! あれ、あんたもエスパーの類?」

 当てずっぽうで適当に言ったが的を射ていたようだ。エスパーでもなんでもない。この少年の様子を見ていれば分かることだ。

 きっと彼は今まで顔がいいだけに女に苦労したことはないのだろう。だとすれば自ら女を漁りに行くという行為が信じられないに違いない。恋塚自身が彼らの輪にいない理由は、そんなところだろうと見当をつけたのだ。

 まあ何より、先ほど僕自身もそんな感じで女子に話しかけに行こうと思っていたのだが。

「確かに見てて気持ちいいもんじゃないよね。高校デビューでもしたのか露骨に慣れてない口調で女子にグイグイいってるのを見ると……」
「いやー、無理だね! 大体女がどうこう言い出してからみんなつまんなくなってさー」

 適当に話を合わせていると、その後も恋塚の愚痴は止まらなかった。それはそれで楽しそうにしているから僕も強いて止めようとは思わなかった。むしろちょうど良い話相手ができたといったところだ。

「なあ、オッサンも暇してるならちょっと遊びいかね?」
「遊びって……このあたりで? 石切りでもするか?」
「それはまあまた今度ってことで。それより面白い話を聞いたんだよ」
「なんだよ。ちゃんと話する友達はいるんじゃないか」
「そりゃ会話くらいはしたよ。あれ、もしかしてオッサン話すらできなかったの?」

 恋塚の指摘は当たっていた。十代での年齢差はとてつもなく大きな意味を持つ。僕もどうにか仲良くしようとしたが、どうしても子供を相手にしているようで一歩引いてしまっていたのだ。

 そんな態度も僕のひとりぼっちの原因だろうと思う。

「言っただろ。僕はコミュニティ障害のぼっち信者なんだ。それよりその面白い話ってのを教えなよ」
「ああ、そうだ。交差する丘って話なんだけど。そこがどうやら異世界に繋がってるらしい」
「……また胡散臭い話を持ってきたね。天使の話と良い勝負だ」

 異世界ときた。思わず吹き出してしまう。いくらなんでもそれはない。しかし、こういう話は馬鹿げているからこそ面白いということもある。僕は続きを促した。

「天使、それって転生の話?」
「お、なんだよ。恋塚も知ってんのか。有名な話なんだな」
「この街の人間なら大抵知ってるんじゃね? そう、これもそんな話でさ」

 恋塚が早く続きを話したそうにうずうずと上半身を揺らすのを見て、なんだか微笑ましい気持ちになった。

「この町の人間なら一度は来たことある場所らしいぞ。そこで『来世にワンチャン』って唱えたら何でも願い事が叶うとかなんとか」
「あっはは!」

 僕にしては珍しく、声を上げて笑ってしまった。だがいい、これはいい。

「いいじゃんか。そのふざけた文句を叫びに行こうぜ」
「オッサンならそう言ってくれると思ってた!」
「他の奴らも誘うか? これを機に仲良くなるかもよ?」
「んー、いいや。あいつらは。ほら、行こう。俺、場所もちゃんと調べて来たんだ」

 目を爛々と輝かせながらスマホの地図アプリを立ち上げるのを見て、僕は時代を感じる思いだった。ここで紙の地図なんて出されても僕には読めもしなかっただろうが。

 その後、恋塚の案内で僕達は噂の丘へたどり着いた。不自然に木が生えておらずほとんど灯りの落ちた村を見渡すことができる場所だった。視界に映るのはまばらな外灯の弱々しい明かりだけ。星空を見上げた方がまだ明るいのではないかと思った。

「じゃあ、いくぜ?」
「うん。とっととやっちまおう。ここに来るだけで蚊に群がられて……」
「虫除けくらいしとけよな」

 恋塚の言葉に僕はふん、と鼻を鳴らして応える。いちいちそんなもの用意しているわけがないだろ。

 僕らは恋塚の合図で、同時にその呪文を唱えた。

『来世にワンチャン!』

 一瞬、足を崩すほどの突風が巻き起こり、視界を白銀の光が覆い尽くした。

「……やあ、よく来たの」

 そんな声と共に、僕は真っ白な空間に立っていることを認識した。
なんだここは、一体何が起こったんだ!? まさか本当に異世界に……?

「ここは次なる生を定める場所。あの場所であんなことを言うなんてことは、君は異世界に行きたいの?」

 混乱の極地にある僕を放っておいて、ソイツは話を続ける。

 そう、これが始まりだった。後に小さいながらも大切な僕らの人生を変えることになる、ターニングポイントだった。


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