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失明剣士の恋は盲目
2018年10月30日 16:43
投稿カテゴリ : 記事

夏休み編3話 枝垂林が知りたいこと

 凄く長い時間が経ったように単衣は感じた。友里は言葉とは言えない叫びをあげて女子寮の方へ走って行った。


 程なくして単衣と林は離れた。単衣は胸の痛みがさっぱり消えていて驚いた。それを悟った林がにこりと微笑んで、単衣はなんだかとても穏やかな気持ちになったのだった。


「修行しようか」


 単衣が言った。


「いいえ」


 林はやはり笑った。


「単衣、あなたに今必要なのは修行ではなく安らぎです」

「安らぎ?」

「はい。コンプレックスを直せとは言いません。ただし忘れて生を楽しみましょう」


 林の考えを聞いて、先程の彼女の行動の真意を単衣は悟った。友里にキスは出来ないと言われ単衣は絶望した。しかし林がキスをしてくれたから、絶望に浸る時間は短く済んだ。こんな醜い顔の自分にキスをする奴なんていない。そんな考えに及ぶ前に、林が行動で否定してくれたのだ。


「わかった」


 そう言った単衣は、心の底から林を信頼することに決めた。林についていけば、きっと強くなれる。そう単衣は思った。


「私の専用車を呼びました」


 林がそんなことを言った。すぐに公園の入り口に黒い自動車が止まる。


(専用車を持っているなんて、さすがA部隊隊員)


 車は大抵レンタルで済ませるこの時代に、専用車を持っているのは特別な理由がある場合のみだ。例えばA部隊やB部隊の隊員は装備を専用車に預けておいて移動する間に準備を整えるといった用途で専用車を持つ者がいると、単衣は噂で聞いていた。


 単衣と林は車に乗った。運転手はいない。全ての車は自動操縦で動く。


「エリアACB-134」


 林が言った。


――エリアACB-134。了解。


 そんなアナウンスが響いた。単衣は察した。林は目が見えないから、全て音声操作なのだ。だから専用車を持っているのだ。


 単衣は車内を観察した。音声操作以外は普通の自動車だ。助手席に予備の刀が掛けられていた。


――発進します。


 そのアナウンスと共に車は動き出した。


「枝垂、さん」


 単衣が林を呼ぶのは初めてだった。


「林、と呼びなさい」


 確かに、そう呼びたいと単衣は思った。


「林」


 恐る恐る単衣は言った。


「はい」


 とても気分良く林が返事をする。


「エリアACB-134って、危険地域だよね」


 単衣が聞いた。単衣の言う通り、都道府県・市区町村とは別に魔獣が出現する地域をエリアで区別する決まりがある。エリアACB-134はまさに昨日B部隊が魔獣を倒した場所だった。


「ええ。危険地域は私がいれば合法的に侵入できます」


 危険地域はA部隊またはB部隊の隊員と同伴であれば一般人も入ることが出来る。


「そういうことじゃなくて。なんで危険地域に行くの?」


 その質問に、林はふふと笑った。


「それは着いてからのお楽しみということで」


 お茶目で可愛らしいなと単衣は思った。そういえばこの子は自分の恋人になったのだと、今更実感した。


 単衣はまじまじと林を見た。白い髪はとても物珍しくて、とても綺麗だ。次に服装を見る。巫女装束の様な衣装だが、袖や裾がばっさり切られていてとても涼しそうだ。これは林が普段から着ている服装で戦闘時もこの服装のままだと、A部隊マニアの単衣は知っていた。


 こんなにじっくり林を見たのは初めてだった。単衣は林の顔を見つめる。眉毛も白かった。まつ毛も白かった。顔は子供の女性らしく小さい。人形のように整っていた。肌も白くて毛も白いものだから、とても神秘的だった。


(こんなじっくり見ていても、林は目が見えないから気付かないのかな)


 そんなことを考えた単衣だったが、林の白い頬は徐々に紅く染まっていった。


「単衣、あまりじろじろ見ないでください」


 そう言った林のまつ毛や目元がぷるぷると震えていた。これが林の照れ方なのだと、単衣は理解した。


「わかるんだ」

「わかりますよ。単衣が今どんな態勢で何をしているのか。手に取るようにわかります」


 まあそうでないとA部隊隊員は務まらないだろうと単衣は納得した。


「わかります。わかりますとも。単衣の鼓動が、私を見て早くなっています」


 単衣は言われて初めて自分が興奮していることに気付く。林はふふと笑うと、単衣に寄りかかった。結わえられた白い髪が単衣の肩をそっと撫でる。


「ほら、また早くなりましたね」


 単衣の反応が楽しいらしい。とても嬉しそうに林は言うのだった。単衣は林の言葉通りになってしまっているのが、少し恥ずかしかった。


「単衣」


 そのままの態勢で林は語りかける。


「私は知りたいのです」

「何を」

「愛を」


 その言葉に、単衣はどきっとした。


(そういえば、僕も知らない)


 そんなことを単衣は思った。


「単衣とキスして、少しわかりました」


 林の頬はまた紅くなった。


「凄く、凄くどきどきしました。きっとこういうことなんだと思います」


 すりすりと、林は感触を楽しむように自身の顔を単衣の腕に擦り付けた。単衣は堪らなく恥ずかしかったが、ちょっぴり嬉しかった。


――およそ100メートル先、検問です。


 アナウンスの言う通り、遠くに検問所が見えた。危険地域は特定の者しか立ち入れないので、危険エリアの境を壁で囲み、その入り口に検問所がある。


 間もなくゲートに差し掛かるところで、カメラが林を認識。対テロ部隊所属であることが確認され通行が許可された。ゲートが開く。


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コメント

ミルキークイーン 6年前
1000 EXC
Fantasfic!