学園襲来編11話 荒木涼と枝垂林の戦闘
2年Aクラスの生徒たちは実技試験のため、ドームの方へ来ていた。ドーム内は東京ドームと同じ広さと構造をしていて、単衣たちはグラウンドに集まっていた。グラウンドと言っても床は芝生や土ではない。特殊アスファルトという、信号によって硬さや材質を変化させ、さらに映像をも表示できる最先端の技術が施されている。映像の表示は主に競技などで必要な白線や目印を表示するために利用される。
「よし、全員集まったな」
秋田は生徒たちを見渡して言った。
「これから実技試験の模擬戦を行う。ルールはこの前と同じ、首から下げたバッチを奪った者が勝利。では組み分けを発表する」
秋田はアンドロイドの補佐に指示を出す。補佐はその指示に従い、ドームのシステムにアクセスして、スタンドに設置してある電光板に組み分けを表示させた。
「おいおい。A部隊隊員様は模擬戦にでねえのかよ」
組み分けを見た涼が不満げに言う。
「枝垂は全ての単位と試験を免除されている」
秋田が言った。幼い頃に義務教育の全てを叩きこまれ、さらに現役のA部隊隊員がこの学校にて学ぶものなんてあるはずもなかった。
「せっかくA部隊の隊員がいるんだぜ。俺を枝垂と戦わせろよ」
涼のその言葉に、秋田はため息を吐いた。彼の傲慢な態度には常々手を焼いていた。
「まあ、その積極性は評価するべきか。枝垂、どうする」
「ふむ、良いでしょう。秋田先生のおっしゃる通り、その積極性は素晴らしい。どこかの誰かさんにも見習ってほしいものです」
そして林は単衣を見た。単衣はじろりの睨まれたような感覚がして、冷や汗をかいた。
「じゃあ枝垂と荒木以外はスタンドの客席に着け」
先生の指示に従って、単衣たちは移動した。星葉学園の全生徒約2400名が難なく座れる客席の一か所に固まって生徒達は座った。グラウンドと客席は高低差があって、客席に座る生徒たちは林と荒木を見下ろす形で観戦する。
生徒たちが座る客席のちょうど反対側の客席の方に、映像がいくつか浮かび上がった。ドーム内に設置された複数のカメラが、様々な角度から見た二人の映像を映し出していた。
グラウンドでは林と涼が一定の距離を保って向かい合っていた。
単衣は林を見ると、思わず笑ってしまった。林の様子があまりにもおかしかった。両腕を構え、しゅっしゅっとシャドーボクシングを行っていた。
「てめえ、ふざけてるのか」
あまりに舐めた態度に、涼は怒気を含めて言った。
「ふふ。ふざけてなど、少ししかしていませんよ」
やはりふざけているじゃないかと、単衣はさらに笑った。
「それに、刀を持つとどうしても沸いてしまうんです」
「あ? 何がだよ」
「殺意が、です」
その言葉に涼はひるんだ。涼だけではない。その殺意を一度目の当たりにしている単衣もだった。
単衣は誘拐された時のことを思い出す。あまりにもあっさりと林は人を殺した。それがA部隊の仕事なのだから、当然だった。
「お互い準備」
秋田が声を掛けた。模擬戦をそろそろ開始するという合図だ。涼は気持ちを切り替えて、構えた。彼はこういう時、見た目に似合わず真面目だった。林は相変わらずふざけたシャドーボクシングを続けていた。
「はじめ!」
その合図で動いたのは涼。林は何も行動に移さなかった。涼は懐からハンドガンを取り出すと、林に向かって数発発砲した。
「ふふ。残念」
林に当たるはずの弾丸は、おかしな方向にそれていった。
「チィ! 何が起きてやがる」
涼が苦い表情を浮かべた。単衣は林が何をしたのかが見えていた。あれは枝垂流・柳を人差し指で行ったのだ。
涼は走って林に突っ込む。
「至近距離ならどうだ!」
先ほどより近くなった距離で、再度発砲した。単衣はそれが無駄なことだと理解していた。何せ林は至近距離のアサルトライフルの乱射を全て弾ききるのだ。ハンドガンの数発くらい余裕だろう。
「ふふ。単衣はこれを初めて見ますね」
林は数発の弾丸を弾くと、最後の一発を遊ぶ。
「な、なに!?」
涼だけでなく、その場にいる全員が驚いた。涼が放った弾丸の一つを、まるでバスケットボール選手が指先でボールを回すように、弾丸を指先でちょこんと立たせていたのだ。
単衣は初めて自分の目を疑った。林は親指と人差し指で迫りくる弾丸の先をつまみ、弾丸の速度に合わせて引いていくことによって徐々に勢いを無くさせ、やがて勢いがなくなった弾丸を指先に立たせていたのだ。
「くそ! なら魔法で」
涼は切り替えて魔力を込める。
「ふふ。次は私の番ですよ」
涼はその言葉を聞いた瞬間、吹き飛んだ。林が涼の懐に入り蹴とばしたのだ。スピードが乗った蹴りはかなりの威力を誇っていた。
「足は腕よりもリーチが長く丈夫です。体術で遊ぶなら蹴り、と常々思っていました」
そして特気な顔をする林。じゃあ何故さっきシャドーボクシングをしてたのだろうと、単衣は笑った。
「ふふ。意外と根性あるじゃないですか」
林が周辺に浮かぶ無数の火の玉を察知して、感心した。涼は蹴りを食らっても耐えて魔法を中断させず、意地で発動させたのだ。
「剣を使わねえなら、避けるしかねえよな」
「避けれますよ?」
「知ってらあ!」
涼はそう叫ぶと、魔力を込めた。蹴られたときに仕込んだ魔法の鎖。鎖は収縮され、涼がその力を利用して接近する。そしてそれと同時に周辺に浮かぶ火の玉を林に飛ばした。涼は自らの身体で林を拘束し、火の玉で自分もろとも攻撃するつもりだった。
「私が気付いていないとでも?」
吸い寄せられるかのように接近する涼。かなり速く移動しているので、普通の学生なら対処は難しい。しかし林はそれよりも速く動いて自ら涼に接近し、鳩尾に蹴りを食らわせた。強烈な鈍痛に魔力の鎖は消えた。そしてその場を飛び退き、迫り来る火の玉を難なく避けたのだった。
「咄嗟の作戦にしては、良い出来だったのではないでしょうか。実力差が有り過ぎる戦いでは、有効な作戦なんてそう多くはありませんし」
そう言いながら倒れた涼に近づく林。首にぶら下がったバッチを取って、試合が終了した。
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