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異世界娘。育ててます?
2018年11月9日 3:22
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第二章③ ジャーテニンズ家


その様はまさに森を抜ける一陣の風。

生い茂る木々の隙間を華麗に駆け抜け、力強く飛び跳ねる。

吹き抜けていく風だけがそこに彼が通ったのだと教えてくれる痕跡だ。


伊吹達を乗せたグリフォンは森の中を時に走り、時に森の上を飛び、目的地へと向かっていた。

その巨体からは想像も出来ない俊敏さに初めて見る者は驚きを隠せないだろう。


獲物からしてみたらとてもじゃないが逃げ切れるとは思えない。

伊吹を襲った毒蛇もまた、気付いた時には鍵爪の餌食になっていたのではないだろうか。

一方、伊吹は毒に苦しみながらも初めて乗るグリフォンの背から見る景色に興奮を覚えていた。


──森が流れていくって凄いな……


ボーっとした視界で見える光景を見てそんな風に考える伊吹。

本来ならもっと色々と別の事に思考を回すのだが、こんな状況ではそれ位しか考えつかなかった。

自分の体を預けているこの未知の生物や、目の前の人物の事など。


──後で必ずその正体を見極めねば……


なぜ『その後』があると思えるのだろうか。

何の保証もない見ず知らずの人物に自らの体を預けてそう思えたのは、シャロニカという存在があるからだろうか。

伊吹の中でそれだけシャロニカへの信頼度は高くなっていると、そう言っていいのだろうか。


それともどこかで自分は『死なない』とでも思っているのだろうか。


 「──なぁ! ユード・ジャーテニンズ! あとどれくらいで着く?」


疾走するグリフォンの背でシャロニカが訊ねた

吹き抜けていく風の音で声が届かないので、いつもよりも大きめだ。


 「──ユードでいい! もう見えてきた! ほらあれだ」


手綱を1つ大きく動かした後、前方を指さすユード。

そう言われて目を凝らしてみるシャロニカだったが、そこには特に何も見受けられなかった。


 「──何も見えないんだが?」


 「──あぁ、そっか! 初めてだと見づらいかも……ちょっと待っててくれ」


そう言うと、グリフォンが大きく羽ばたき、森上空へと躍り出た。

遮る物が無くなり、俯瞰で見下ろす事が出来てからようやくその姿を見る事が出来た。


 「──村がある……!」


 「──あれが『ハーフリングの里』だよ! 急ごう!」


森の中からは全くその存在を感じられなかった村が突如として現れていた。

それを眼下に見下ろしながら、グリフォンが目的の場所目掛けて降下し始めた。


村には木や石作りで出来た家がいくつも建ちならんでいるのが見える。家の形は四角い物から、丸い物、長く伸びた物や、ドーム状の物など多岐に渡り、さらにはその色やデザインも豊富な種類が見てとれる。


扉の色が目の覚めるような青だったり、建物の壁が赤いレンガ作りだったり、屋根から家屋から至る所を芝や蔦が覆った緑の家だったり。

中にはなだらかな緑の丘に半分程埋まっているような不思議な造りの家も見られる。


全体的に見ると、湖や、中央付近に巨大樹がシンボルのように聳えているのが印象的で、畑や果樹園のような物も村の中心から少し離れた場所辺りに広がっている。

この村は緑豊かで、それでいて建物は色彩豊かに彩られているなんとも華やかな雰囲気の村だ。


驚きと感動を噛みしめているカスミは大きな口を開けて、目をキラキラさせている。さっきまでの泣き顔からは想像できない位の切り替えの早さはさすが子供といった所か。

そんなカスミの横顔を見て少しだけ安堵したシャロニカだった。

と、そうこうしている内に、グリフォンの高度はどんどん下がり、地面があと少しまで迫っていた。


 「──着いた! 皆こっちへ!」


グリフォンが一軒の家の前に降り立つと、ユードはすぐさまシャロニカ達へ声を掛けた。


   フ ワ ー ラ

 「『中級浮遊魔法』」


家の扉を開けて手招きをしているユードの方目掛けて、シャロニカが伊吹達をまとめて移動させ始めた。

グリフォンの背中からゆっくりと宙を漂いながら全員が家の中へと消えていくのを確認してから扉が音を立てて閉められる。

しかしすぐさまユードが顔を出し、グリフォンに向かって言葉を掛けた。

 

 「──ごめんハド! 厩舎には自分で戻っててくれっさ! なるべく静かに!」


 「クアーーッ!」


ユードに応えるように一鳴きすると、くるっと向きを変えて家の裏手の方へと歩いていくグリフォン。

その姿を見送ってから改めて家の扉が閉められた。


────────


────


──


ユードに連れられてきた家は彼の実家で、そこで伊吹の解毒作業が行われた。

家にはユードの母親であるジーテ。その息子で、ユードの弟オリゼが居り、突然の来客に初めは驚きを隠せなかったが、伊吹の急を要する状態にすぐに対応を始めてくれた。


ジーテが何種類かの薬品を混ぜ合わせ、ユードが持ってきた薬草をすり潰して混ぜ合わせる。

慣れた手つきで、数分と経たないうちに解毒薬が完成した。

それを毒に苦しむ伊吹に飲ませると、次第に症状が落ち着いていき、そのまま眠りについてしまった。


 「──これでしばらく様子を見ましょうか」


伊吹の様子を見終わり一息ついたジーテが客間から出てくると、シャロニカに向かってそう言葉を掛けた。

その顔は優しさ溢れる顔立ちで、見る者の心をどこか温かくさせるようにも感じる。


ハーフリングの特徴は、成人しても身長は低く、大人でも100センチ前後程にしかならない。

その為彼らの生活空間も人間からしてみればやや低めに作られている。


女性のシャロニカも、ユードの家に入ってからはやや腰を屈めていなければ頭をぶつける所があったりする。

そんな中特に気にせず過ごせるのは背の低い子供だけだった。


 「ありがとおばさん! いぶきたすけてくれて!」


手を洗い、布で水気を拭き取っているジーテの元へ駆け寄ってお礼を言うカスミ。


 「お礼がちゃんと言えてとてもいい子ね。私の名前はジーテ。あなたのお名前は?」


ドタバタしていてお互いの自己紹介すらままならかったが、ようやくひと段落する事が出来た。

目の前に立つ自分の子供と同じ位のカスミの頭を撫でながらそう尋ねるジーテ。


 「カスミだよ! よろしくね!」


 「いいお名前ね。よろしくねカスミちゃん」


にっこりと笑いながらそう答えるカスミに同じようにジーテが微笑み返していると、そこにもう1つ声が割り込んできた。


 「──ぼくはオリゼだよ!」


ジーテの後ろからさらに小さなハーフリングの男の子がひょっこりと顔を出してカスミに笑いかけている。


 「カスミだよ! よろしくね!」


 「よろしくカスミー! うちにようこそー! おなかすいてる?」


 「すいてるー!」


 「じゃあこっちにおいでよ! いいものあげる!」


 「いいものー? わーいいくー!」


そう言って走り出すオリゼを追って、カスミも家の奥へ一目散に駆けて行った。

バタバタとした足音が次第に遠のいていくのを待ってからシャロニカが口を開いた。


 「……改めて礼を言うよ。助かった」


カスミ達が向かった方を見つめて肩をすくめていたジーテと、テーブルで一息ついているユードに向かって軽く頭を下げるシャロニカ。


素朴な装いの部屋には似つかわしくない程、金髪金眼の女神の存在は際立ってしまっている。

それはカスミや伊吹が居ない事で心細さを感じている彼女の心情を表しているからだろうか。そんな風にも見えた。


 「無事手当が出来て何よりだ。さぁ、シャロニカさんもこちらへどうぞ」


テーブルにつくユードが空いている椅子を引き出しながらシャロニカを手招いた。


 「……じゃあそうさせて貰うよ」


一瞬伊吹の居る客間の方を気にしたが、すぐに向き直ってテーブルに腰を落ち着けるシャロニカ。

同じ高さの椅子に座っているはずだが、ユードに比べてシャロニカの上半身はずっと高く飛び出ている。


シャロニカは木製のテーブルへ上半身を突っ伏すと大きく息を吐き出しながら伸びをした。


 「お疲れですか? シャロニカさん。うちは大したおもてなしは出来ないですけど、ゆっくりしてってください」


 「──ユード、あんたその言葉遣い似合ってないよ。無理してるのがバレバレだぁね」


 「──なっ、いいだろ別に……」


 「聞いてるこっちがゾワゾワしてくるからやめときな!」


 「……チェッ!」


 「返事が聞こえないねぇ?」


悪態をつくユードを一睨みするジーテの顔は一見笑顔に見えるが、目は笑っていない。

それを確認してすぐに口を噤みなおしたユードがしおらしく返事を返した。


 「……わかったよ母ちゃん……」


 「わかればよろしい。はい、どうぞ~えーっと、シャロニカさんでいいのかしら?」


 「……あ、どうも……あぁ。シャロニカだ。よろしくジーテさん」


 「改めましてよろしくどうぞ。そして我が家へようこそ」


そう言いながら湯気の立ち上っている金属製のコップが差し出されるを見て、ゆっくりと体を起こすシャロニカ。

爽やかな甘味のする香りが辺りに漂ってきた。


 「……母ちゃん、おいらの分は無いのかよ?」


 「あんたは自分で淹れなさい。お客様じゃないでしょ」


 「……ひっでーの! はいはい自分でやりますよーだ」


そう言い放ったユードは、テーブルを叩きながら立ち上がるとそのままキッチンの方へ向かっていった。


 「やれやれ……さぁシャロニカさん、よかったらそれ飲んで一息ついて下さい」


キッチンのユードを見て首を力無く横に振った後、気を取り直すようにシャロニカへと顔を向けるジーテ。


 「じゃぁ頂くかな…………うん……おぉ? ほー……」


一口飲んでしばらくは何とも言えない表情を浮かべていたシャロニカだが、二口目、三口目と飲み進んでいく度に表情が変わっていく。


 「お口に合うかしら? ジャーテニンズ家自慢のハーブティーよ」


 「……うん、いいね! なんというかこう……凄く爽やかな気分になる味だ」


 「うふふ。気に入って貰えたなら良かったわ。お茶請けにお菓子も用意してくるわね」


ユードが飲み物を持って帰ってくるのと同時に、ジーテが入れ替わるようにキッチンへと戻っていった。

 

 「母ちゃんのハーブティーも美味いんだけど、お菓子もすっごく美味いんだ」


 「へー。それは楽しみだねぇ。お菓子ってのはどんな味なのかねぇ」


妖艶な唇から覗く舌がペロリと輪郭をなぞりながらお菓子への期待を口にするシャロニカ。

それを一瞬不思議そうに聞くユードだったが、あまり気に留める事はせずに話を続けた。


 「……ところでシャロニカさん、なーんであんな所に居たんさ? あんな辺境の森なんてハーフリング位しか行かないよ? 冒険者……って風にも見えないし……」


 「……まぁそりゃごもっともな質問よね……とは言え、話し出すと長くなるのと、ややこしい事情が絡んでくるからどう話したらいいものか……ね」


ユードの質問に答えるにはそこに至るまでの経緯もある程度話す必要があると感じたシャロニカだが、それらを簡潔にまとめて話した所で、より一層質問が増えてしまうのではないかと危惧していた。

それに加えてシャロニカは自らの素性を明らかにする事を躊躇っている。


それらを踏まえてシャロニカは思っていた。早々にここを立ち去った方が良いのでは、と。


 「…………」


しばらくの沈黙が2人の間に流れていると、それを断ち切るかのように玄関の方から扉を開け放った音と、同時に怒声が響いてきた。



 「────ユードォォ!! お前また勝手にハドを乗り回していただろ!!」


その声が聞こえてきた途端にユードが狼狽えはじめた。


 「──っ! 父ちゃん帰ってきた……」


こちらへ近づいてくるドシンドシンと床を力強く踏みつける音へと視線を向けると、そこにはユードにこれまたよく似た髭面のハーフリングが怒りの形相を浮かべてシャロニカを見上げていた。


 「……んん~? どなたかな? この超絶美人なお方は」


怒りの形相から一変。シャロニカの姿を確認した瞬間、顔はキリっと引き締まっていた。


 「あっ、またまた初めまして。私はシャロニカっていう者だ。お邪魔してます」


再びペコリと頭を軽く下げてシャロニカが挨拶をする。

すると揺れ動く金髪の動きに見惚れるかのように髭面のハーフリングは小さく溜息を1つついた後、口を開いた。


 「シャロニカさん……なんと美しい名前だ。私の名前はシグ。シグ・ジャーテニンズ。この家の主でございます。あなたのような美しい方がいらっしゃってるとはつゆ知らず、お恥ずかしい所を見せてしまいましたな」


お許しを、と呟きながら深々と頭を下げる髭面のシグ・ジャーテニンズはどうやらユードの父親のようだ。


 「…………」


シャロニカとシグが話をしている間にこっそりと別の部屋へ移動し始めていたユードを、お菓子が乗ったお皿を手に持ったジーテが見つめている。


 「あらユード、お父さんに挨拶しないのかい?」


 「――――!? ひぃっ……」


その声をきっかけに、それまで凛々しい顔で会話を続けていたシグの顔がみるみるうちに怒りの表情へと戻った。

そして逃げようとするユードの元へ風のように走り寄って首根っこを力一杯掴んで怒声を上げる。


 「この馬鹿ものめがぁぁっ!! 何度言えば分かるんだ! 勝手にハドに乗るなと言っとるだろうがぁ!!」


 「――――っ、ごめっ! でも父ちゃん! 今回はオイラが森へ行かなかったらシャロニカさん達を助けられなかったかもしれなかったんだ!」


 「んん~? ……どうゆうことだそれは?」


ユードの頭を小突く寸前で手を止め、一旦冷静になったシグへシャロニカが声を掛けた。


 「……ユードが森で困ってる私達をこの家まで連れてきてくれたんだ。彼の助けが無かったらそっちに寝ている連れは命を落としていたかもしれない。ユードは命の恩人だ」


そう言って隣の客間の方へ顎をしゃくって見せるシャロニカ。


 「……そうなのか? こいつが命の恩人ねぇ」


ふうむと呟きながらまじまじとユードの顔を見やるシグ。


 「……っそうなんだよ! だから今回はいいだろ!」


そう言いながら掴まれていた首根っこの手を強引に振り払うユード。


 「……ふん。まぁ今回はシャロニカさんに免じて大目に見てやる。だが、何度も言ってるように勝手に1人で『野獣使い』(テイマー)の真似事なんてするんじゃないぞ! 分かったな!」


 「……チェッ……分かったよ!」


そう言い放ってユードは家の奥の方へと姿を消していった。


 「もうすぐ夕飯にするからオリゼとカスミちゃん呼んで来てねユード」


ジーテに対する返答は無かったが、代わりにドアを閉める音が聞こえた。

そしてユードが姿を消したリビングは、それまで騒がしかった事が嘘のように静けさを取り戻そうとしている。


 「……なんだか騒がしくてごめんなさいね。これ、お菓子だからよかったどうぞ」


 「おぉっ! これがお菓子! 待ってましたよ~っと!」


微妙な空気を変えるようにジーテがお茶請けのお菓子をシャロニカに差し出した。

一方、当の女神は単純にお菓子への興味から、目を爛々と光らせて指をわきわきと動かしている。


 「──っ! うまっ──! これがお菓子っ!」


クッキーのようなお菓子を口に頬張ると、目をカッと見開いてわなわな震えはじめるシャロニカ。

あまりの美味しさに口からボロボロとお菓子がこぼれているのも気にしていないようだ。

そのまま無我夢中で皿に乗っている菓子を食べ進めていく様子をシグとジーテが半分引きつつ眺めていた。


 「……す、凄い食べっぷりね……余程お腹が空いてたのかしら……」


 「あ、あぁ……そうだな……しかし何て豪快で気持ちいい方なんだ……」


とても女神とは思えない姿を目の当たりにしたハーフリングの夫婦がそんな会話を続けていると、ふと気づいたようにシグがシャロニカへ訊ねた。


 「そうだシャロニカさん。そろそろ夜になるが……今日は宿泊先は決まっていますかな?」


 「──むしゃりむしゃり……? 宿泊先? いや、特に……。そういえばそんな問題も残ってたわね……」


最後の一枚となった菓子を綺麗に平らげた後、未だ解決していない問題を思い出したシャロニカ。

決め事は伊吹がする物だと思っていたので、特に何も考えていなかったのだ。


 「おお、なら今夜は是非うちに泊まっていってください。客人が来るのは久しぶりですので我が家としては大歓迎なのですよ」


 「え、いいの? それはありがたいわ。イブキもあんなんだし、他にアテも無かったしね……」


棚からぼた餅とはよく言ったもので、幸運にも本日の宿を何の苦労もせずに確保できたシャロニカ。


 「ええもちろん! さぁ、そうと決まればさっそくディナーにしましょう! 今日はご馳走だなジーテ!」


 「えぇそうねあなた。久しぶりに腕が鳴るわ!」


適当にくつろいで、とシャロニカに伝えた後2人してキッチンへと向かっていくジャーテニンズ夫婦。

その後ろ姿はとても楽しそうで、食べる事が大好きで、お祭り好きなハーフリングという種族の特徴をよく表していた。


勢いのまま話が進んでしまった感もあったが、結果としてシャロニカはこれで良かったと思い始めていた。


 「……さて、と……あっちかな?」


そんな楽しそうな夫婦を見送った後にシャロニカが足を向けた先は、先程ユードが消えていった奥の部屋だ。

木造作りの家はどこもかしこも丁寧な細工が施された優しい印象を受ける。

外見からは想像できない位広く感じる家の中を腰を低くしながらシャロニカは進み、目的の部屋の扉をノックした。


 「……ユード? 居るかい?」


しばらく返事はなかったがその変わりに扉が開いた。


 「……やぁシャロニカさん。どうしたんだい?」


 「あー、ほら、さっき話が途中だったから、さ……続きをとね」


 「あぁ……でも何だか話づらそうだったから無理しなくても……」


 「いやいいのよ。恩人に話をしないってのも何だか気持ち悪いしね」


 「……そう? じゃぁ中で話す?」


 「そうさせて貰うよ」


若干気落ちしているように見えていたユードだったが、シャロニカが訪れた事で少しだけ表情が明るくなった。

そこが自分の部屋なのだろうか、シャロニカを招き入れると小さな切り株のような椅子を差し出した。


 「人間にはちょっと狭いだろうけどごめんっさ」


 「……ま、まぁ慣れればなんとか……ね」


お互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべた後、シャロニカが話を切り出した。


 「1つだけいいかしら?」


無言で相槌を打っているユードを見てから、シャロニカはそう前置きして話を続けた。


 「話を聞き終わっても、伊吹とカスミちゃんはここから追い出さないって約束できる?」


 「……ど、どうゆうことさ?」


 「まぁいいから。それだけ守ってくれるなら話を続けるけど、どう?」


寒気がする程の美貌がまだ精神的にも、身体的にも未熟なハーフリングの少年の心を抉ってくるのを感じる。

その言葉の重みがどれ程の物なのか彼には分からないが、目の前のこの絶世の美女は自分が到底及ばない存在なのだろうと、どこかで感じ始めているユードであった。


 「……わ、わかりました……」


 「よかった。じゃぁ話を続けるわね」


金髪金眼の女神はここまでの道のりを所々かいつまんで説明を始めた。


今日初めてクリスタルの洞窟で伊吹達と会った事。そして辺境の森まで移動して、そこで毒蛇に襲われた事。

たった1日で色々あったものだと思いながら話を進め、ユードと出会った森まで話を進み終えると最後にこう付け加えた。


 「……最後になったけど、改めて……私の名前はシャロニカ。『神の眷属』のうちの、『神族』女神シャロニカよ」


そう当然のように言い終わると目の前で話を黙って聞いていたユードの表情を伺った。


 「……どう? 驚いた?」


返事の無いユードは俯いている為どんな顔をしているのかシャロニカからは見えない。

心なしか体は細かく震えているようにも見られる。


 「……かっ、神の……け……眷属……」


ようやく発したユードの声はか細く、震えている。

そこには恐怖なのか、畏怖の念、なのか、そのどちらも混ざっているのか複雑な感情が入り混じったように聞こえる。


ユードはゆっくりと座っていた椅子から立ち上がると、俯いたままシャロニカから距離を取るように後ずさった。


 「…………」


その姿を無表情で見つめ続けるシャロニカは微動だにしない。

ハーフリングと女神しか居ない狭い部屋に言い知れない緊張感が漂っている。


そしてその張り詰めた空気は少年の一言によって一掃される事となった。



 「――――おいら『神の眷属』と初めて話したさー! 感動したーー! シャロニカさん……いや、姉御って呼んでいいっすか?」



パッと上げた顔は、小さく丸い目が眩いばかりに輝き、細く長く突き出している鼻が興奮で揺れ動いている。

まるで憧れだった対象を目の前にして喜びを表すかのように、ハーフリングの少年は女神へ羨望の眼差しを向けているではないか。


そしてその反応は女神が想定していた物と真逆であり、彼女は困惑していた。


 「……はぁ~?? え……ユード……お前もイブキに負けず劣らず変な奴だな……」


異世界人である伊吹がこちらの常識に無知なのは仕方ないが、まさか『こっちの世界』の人物からも想定外の反応を取られてしまうとは思ってもみなかったシャロニカであった。

一気に拍子抜けしてしまった女神は、がっくりと肩を落として大きなため息をついた。


 「どうしたんすか姉御! 元気ないっすよ! あ、ほら母ちゃんが飯出来たって言ってますから行きましょう!」


ジーテの声が聞こえてくると、手をぐいぐいと引っ張って部屋からシャロニカを連れ出し始めるユード。

それを辟易とした顔のシャロニカが力なく引きずられていく様は、なんとも微笑ましい光景に見える。


       さえぐさ いぶき

本来であれば 『七種 伊吹』 の長い1日。

しかし今は『女神シャロニカ』の長い1日として、


『異世界1日目』をここ『ハーフリングの里』、ジャーテニンズ家で終えようとしている。


異世界で見る夢は如何な物か。

それが少しでも素敵な物であるように今は祈るばかりだ──