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異世界娘。育ててます?
2018年11月4日 3:00
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第一章⑩ オアシス


鮮やかなクリスタルから多彩に放たれる光に混ざった銀色を見失わないよう目を凝らし続けて、どれ位の時間が経過しただろう。

すでに見慣れたと思っていた幻想的な大自然は、その考えが間違っていると突きつけてくるように次から次へとその姿を変えて見る者を魅了する。


伊吹達は長く続くこの洞窟を、ヒマワリの先導に続き踏破しようとしていた。


──20時過ぎたか……


もうかれこれ出掛けてから8時間以上経過しようとしている。これほど長時間動き続けたら普通の子供は限界を迎えている所だが……


 「すやすや……」


やはりうちの子も人の子で、ホッとした。


ヒマワリが先導を始めた場所からここまでの道のりは、今までの洞窟内と概ね同じだったのだが、1つ違ったのはその通路が複雑に増えたという点だ。


今まで大広間やドラゴンの間を繋いでいる道は一本しかなく、特別迷うといった事はなかったのだが、この数時間で通ってきた箇所には何本もの分かれ道や、別の場所に通路が見て取れた。


さながらクリスタルのダンジョンとも呼べる程、通常であれば迷い、途方に暮れ、力尽きているような複雑さだ。

しかしそうならないのは先頭を行くヒマワリに一切の迷いが無いからだ。

スタートから今に至るまでその凛とした姿勢は変わらず、歩く速度は殿を歩く伊吹に上手く調整されているかのようだ。

早すぎず、遅すぎず。後ろに目があるかのような絶妙な距離感でコントロールされているようにすら感じてしまう。


そんなヒマワリが選ぶ道筋に対して唯一、口を出せそうな女神が何も言わないのも安心材料の一つとなっている。

時折カスミと戯れながら何かに意識を集中してはまた戻る。

それが探索している合図なのかは分からないが、それ以外は特別何もしなかった。


先頭を行く銀と、中央に構える金の揺れる事無い姿に伊吹は全幅の信頼を置いていたのだ。




 「──着いたな」


伊吹の先を行くシャロニカが呟いた。細い通路を抜けた先に現れたのは何度目かの開けた空間地帯だ。

広間部分は何かしら他の箇所と違った何かがある事が多いのだが、ここにも何かあるのだろうか?


 「……? ここが出口……? なのか?」


一番最後に広間へと進み入り、あたりを見渡してみるが今までの広間と何が違うのかすぐには見てとれなかった伊吹。

しかしぐるっと一周見終わってから視界に違和感を感じてすぐに戻してみる。


 「──池?」


広間全体は障害物もほとんど無く、視界良好でほんの少し涼やかな香りが漂っている。

その正体が池からだと気付くのに時間はかからなかった。


幻想的だがどこか無骨さも感じさせる洞窟の中に突如として現れたオアシス。その眩さはまるで光に集まる虫の如く、伊吹をそこへ直行させていた。


 「転ぶなよー? 回復魔法は苦手だからなー」


思わず走り出してしまった所にサラッと重大な言葉が飛び込んできたが、そんな事は気にも留めずに美しい水を湛える池へと進む足を止めない伊吹。


その池は一体どうやって出来たのかと不思議に感じてしまう程にこの場所にはそぐわない。

伊吹のイメージでは、天井から水が長い年月を掛けて溜まっていくとか、元々洞窟内が海や川と繋がっていて水溜りが出来る、といった感覚だった。

しかしこの洞窟に水気は一切感じられない。最初に居た場所からここまで、岩、クリスタル以外の成分を見掛けた事は一度たりとも無かったのだ。


 「……草も、花もある!」


池の周囲に広がっている緑は固い地面からは想像もつかない程の柔らかな自然物だった。

細かく背の短い芝地から見たこともない色とりどりの花が顔を出し、青く澄み渡った水面を更に美しく見せている。

風の流れなど無いはずなのに、草花がそよいでいるかのように見え、それに伴って鼻をくすぐるのは爽やかで、仄かに甘い香りだ。


ちょっとした噴水位の大きさの水辺までやってくると、透き通る水面に吸い込まれるような感覚になり思わず手を伸ばした。


 「──冷たいっ! そして水だ!」


至極当然の事を口走ってしまう程に、水を懐かしく感じていた。

そして当然のようにそれを掬って口に運んでしまう。喉の渇きを潤す為というよりは、それを体で感じたかった方が強いかもしれない。


 「やれやれ……大人なのにはしゃぎ過ぎじゃね?」


ふわりと伊吹の傍に舞い降りたのは遅れてオアシスにやってきた天使と女神だ。

その手の中で未だに夢見心地なカスミを見て急いで揺り起こす事にした。


 「カスミー起きてー! 凄いよー」


 「…………んにゃ?」


何度か宙に浮かぶカスミをゆらゆらさせていると二匹目の猫のように鳴いて目を開けた。


 「ほら見てカスミ! 綺麗な池だ!」


 「むにゃむにゃ…………わ! ほんとだ! きれーい!」


そこまで深い眠りに落ちてなかった為か、寝起き様すぐに目の前の光景に反応するカスミ。

緑の大地に足を降ろし、すぐさま水面へ両手を突っ込んだ。


 「──うわっ、やめろよー冷たいだろー」


勢いよく突っ込まれた小さな手が水飛沫を撒き散らし伊吹の顔を濡らした。

即座にその犯人に同じように水の塊りを飛ばす伊吹。親子の水遊びが始まっていた。


 「つめたーーい! きゃー!」


 「ほらほらー参ったって言えー!」


 「きゃー! やーだー!」


ひょんな事から気付けば『異世界』に迷い込み、楽しいはずのお散歩は生き残る為のサバイバルと化してしまった今日。

ようやく楽しい事が1つ出来たな、と伊吹はそう思えていた。



 「…………」


ふとシャロニカに目をやると驚く程穏やかな眼差しをこちらに向け、ただただ眺めている。

こんな時ならカスミと真っ先に戯れそうな気がしていたから意外だった。


 「よっと!」


自分達だけ濡れるのが癪だった訳では無く、なんとなくそんな表情を浮かべている女神を1人放っておけなかった伊吹は躊躇なく澄み渡る水を掬って投げた。


 「──っ!? な、何するっ」


神の眷属なんて大層な事を言っていても、飛んでくる水の一掬いを咄嗟に避ける事は叶わなかった。

美しく棚引く金髪が水を受け艶やかに濡れていく様と対照的に、その表情はあどけなさを隠しきれない。

隙を突いた一瞬の表情とはいえ、伊吹の胸はときめいていた。


 「みーずみずこーげきー! ばしゃばしゃー!」


 「──っちょっ! カースーミーちゃぁ~んってばっ! お返しよっ!」


伊吹の攻撃を皮切りにカスミとシャロニカの水かけ合いが始まった。

とても楽しそうな2人を見て安心したかのように伊吹は改めて洞窟に突如として現れたオアシスへと思考を向ける事にした。


──あれ? この水、流れがある……?


手を漬けていて気付いた流れは確かに池の奥の方からこちらに向かって湧き上がってきているものだ。


──これは『泉』か……


立ち上がって改めて広間全体を見回してみても、ここから次へと繋がる通路らしき穴は見当たらない。

ここまでずっと先導してきたヒマワリも先程からオアシスの芝地で背中をこすったりしてリラックスしているだけだ。


 「なぁヒマワリ。ここがゴールって事でいいのか?」


 「ナァ」


猫語は解るはずも無いが、一応会話を試みた結果、やはり理解不能。

自力考察へと戻る。


ヒマワリも、シャロニカもここで足を止めた。単にオアシスで休憩とも考えられるが、広間の様子を伺うにそれもどうも違うように感じる。

色々考えようとしたが結局の所聞くのが一番、と早めに切り上げる事にした。


 「なぁシャロニカ、出口ってどこにあるんだ? ここがそうなんだろ?」


未だにカスミと戯れるシャロニカに向かって質問してみるが、夢中になっているので反応は無い。


 「キャッキャウフフ……た~のし~ねぇカスミちゃ~ん」


 「…………カスミ! おにぎり食べよっか!」


 「──おにぎり!」


その一言で今までシャロニカとの遊びに夢中だったカスミが一瞬で伊吹の傍まで駆け寄ってきた。

大きな瞳がいつも以上にキラキラと輝いている。


 「──ぬぬっ……!」


カスミを取られて恨めしそうにしている女神がこちらを睨んでいるが一旦置いておく。


 「さすがにお腹空いたよな。ちょっと待ってな」


バックパックを芝に置いて中を覗き込むと中身がごちゃ混ぜ状態になっている事に驚いた。


 「……うーん、そりゃそうか……これはおにぎりは無事ではないな……」


度重なるハードアクションのせいで荷物は見る影も無い程乱雑になってしまっている。

おにぎりを入れていたランチボックスを探そうとして、そこに見慣れた光を見つけた。


──クリスタル? なんでここに?


細かく砕けた物から、そこそこ大き目の物、原形のクリスタル柱まで所狭しと詰め込まれている。元々入れてあった荷物は多くなかったが、今はバックパックの容量をほぼ使い切ろうとしている。


 「カスミが入れたなー? こーんなにいつの間に拾ってたんだ?」


 「えへへへ~いぶきがねてるときにいれといたの! おみやげ!」


本当はサプライズにしたかったのだろうか、少し恥ずかしそうに笑うカスミを見てそれが自分の為にやった事なのだと気付いた。


 「……ありがとな……! こんなに沢山嬉しいよカスミ」


小さな体をそっと抱き寄せて、感謝を伝えるよう力いっぱい抱きしめた。


 「よかったいぶきよろこんでくれて! おうちにかざろうね!」


 「だな。こんなにいっぱいは飾れないかもしれないけど……」


まさか異世界のこんな秘境めいた所で、愛娘からのサプライズを貰えるなんて思っても居なかった伊吹。

思わず泣きそうになるのをギリギリの所で留まった。


 「──あ、そうだおにぎりを救出しなきゃだった」


 「おにぎりーーー!」


カオスと化しているバックパック内部捜索に慌てて戻る伊吹とカスミ。

カスミの大好物であるおにぎりが食べられないとなると、これは七種家にとっては一大事なのだ。

すぐに別のおにぎりが用意できればいいのだが、こんな状況では次にいつおにぎりにありつけるか不明だ。その為ここにある貴重なおにぎりは何としても救出しなければならない。


 「──あった!ランチボックス」


 「あったー!」


若干歪んでしまっているのは落下した時の衝撃だろうか。それでも完全に潰れてはいないので中身もなんとか食べれるだろうと、そっと蓋を開けてみる。


 「じゃじゃーん! おにぎり、無事でした! やったー!」


 「やったー! おにぎりーー!」


綺麗な三角のまま、とはいかなかったが中身がこぼれたりはしていないおにぎりを高々と掲げて2人して歓喜の声を上げた。


ボックスの中の3つのおにぎりを1つはカスミに渡し、もう1つをシャロニカへ手渡しに向かう伊吹。

しばらく2人のやり取りを静観していたシャロニカの傍に歩み寄ってからそれを差し出した。


 「……?? なんだいこれは?」


手渡されたおにぎりを不思議そうに見つめる女神の顔は純粋無垢な子供のようだ。

初めて見る物体に興味津々で、食い入るように角度を変えては観察している。


 「俺達の世界で『おにぎり』っていう食べ物だ。食べてみろよ、美味しいぞ」


 「『おにぎり』って言うのか。ふーん。食べ物なのね」


そう言った後、アルミホイルとラップの包み紙がされたままのおにぎりに一口齧り付いた。


 「──!? はぐ?」


難しそうな表情でジッとこちらを睨みがら銀色のおにぎりを頬張っている女神。これはこれで何ともシュールで微笑ましいのだが悪戯目的でしている訳ではない。


 「包んであるのは外してから食べるんだよ。……ほら、これで食べれる」


任せといたらどんな食べ方をされるか不安だったので、丁寧に包装を解いて白米と海苔が現れた素の状態のおにぎりを改めて手渡した。


 「…………」


シャロニカは再び手渡されたおにぎりを警戒しているようだ。先程の食感が余程不快だったのだろう。

伊吹の奥で美味しそうにおにぎりを頬張るカスミの姿を何度か確認してからようやく一口目を食した。


 「…………ん~…………」


何度か咀嚼を繰り返す間、物思いに耽るかのように頭を何度も捻っては戻している。じっくりと味わっているようにも見えるがどんな感情なのかは汲み取れない。


 「美味いだろ?」


 「美味い……と、思う。多分、な」


 「おいおい……なんだかフワッとした言い方だな? 微妙なら微妙って言ってくれればいいんだぞ」


料理全般は比較的得意だと自負しているし、その中でも基本中の基本のおにぎりは大抵の人間が高評価して貰えるレベルにはあると思っていただけに想定外の感想だった。

それにシャロニカの性格ならもっと竹を割ったようなリアクションが来ると思っていたのだ。


 「こんな言い方で申し訳ないね。……その……正直これが美味いって事なのかよく分からないんだ。でも、なんていうかもっと食べたくなる気持ちになるから、きっとこれは『美味い』って事なんだろうね」


どこか物憂げな表情はいつものシャロニカらしく無かった。


 「……なんだよ。飯食べた事ないみたいな言い方じゃないか」


 「うっせーなー……食事ってしたこと無いんだよ」


チッと舌打ちした後に顔を背けてしまうシャロニカ。

その姿を見て伊吹は自分の常識で物事を語ってしまった事に気付いた。


 「……すまん。そっか。女神だもんな……あー、もしかして飯食べなくても生きてけるって感じ?」


 「そんな感じ。まぁ遊びで食事する変わった奴らも居るけど、基本的には食べなくても問題無し、だ。今まではね」


 「……今まで、は?」


後ろを向いたまま話を続けているシャロニカだが、おにぎりは食べ進めているようだ。


 「『シェアルマ』した後はどうやら……もぐもぐ……んぐ……」


 「……?」


トーン低めで少し触れてはいけない部分の話をしてしまったか、と思っていた伊吹だが、次第にシャロニカの声がいつもの調子に戻ってきているのに比例して、おにぎりを食べる勢いが増している。


 「もぐもぐ……うんっ……どうやら、『神の眷属』でもお腹が減るようになるらしい!」


こちらを振り返って先程とは打って変わった笑顔を見せる女神が声高にそう言い放った。


 「────ぷっはー! やー! いいもんねー『食事する』って事は! 生きてるって感じね!」


 「お、おう……何かまぁ、喜んで貰えて良かったよ?」


高低差激しすぎて耳キーンなるわ、という名ツッコミを思い出す程に、この美しい女神のテンションの上がり下がりは激しい。

とりあえずはおにぎりを喜んで貰えたみたいでホッとした。



 「ンナ~ォ」


 「はいヒマワリー『じゅるじゅーる』だよー」


おにぎりを綺麗に食べ終わったカスミが、ヒマワリに好物の猫専用オヤツをあげていた。

ヒマワリもぶっ通しでここまで頑張ってくれたのだから、疲れが溜まっているはずなのだが不思議とそんな風には見えない。

やはりカスミが当初言っていたようにこの洞窟がパワースポットというのがあながち間違っていなかったのだろうか。




 「……おっとそうだ、シャロニカに確認しなきゃだった」


 「ん? なんだ?」


最後に残ったおにぎりに手を伸ばしかけていたシャロニカに声を掛けた。


 「出口ってどこ?」


 「出口? ここじゃない?」


 「ここ? って、これ?」


 「そう、これ」


そう言いながら指を指し示す先にあるのは────




 「泉の中────?」



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