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異世界娘。育ててます?
2018年11月12日 4:17
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色欲と暴食


『七種 伊吹』の朝はいつも早い。


なぜなら朝からフルパワーに元気な一人娘が叩き起こしに来るからだ。


1人暮らしの時は出社ギリギリに起きるのが通常だったし、休日ならば昼過ぎ、下手したら夕方近くまで寝るなんて事はザラだったのだがカスミが居る生活になってからそんな事は一日たりとも許される事は無くなった。

ミルクを数時間置きに与えたり、夜泣きする時なんかは特に寝不足続きでしんどかったのも記憶に新しい。

今はそんな事も無くなったが、子供の朝というのはとにかく早いので、大人の伊吹にとってはやはり寝不足気味なのは否めないのだ。


──そう、否めないはずなんだけど……はて……?


ふと、そんな事を考えながら開ける瞼は驚くほど軽く、自分が相当長い時間寝ていたのだと実感した。

そして目を開けてすぐさま飛び込んできたのは……


 「見知らぬ天井……」


一度言ってみたかった台詞のシチュエーションに、まさかここで出会えるとは思わなかった。

そして見知らぬ天井があるという事はここは伊吹が知らない場所という事になり、願わくば昨日の事が夢だったら、という儚い願望は潰えた。


まだここはきっと『異世界』のどこかなのだろう。伊吹はそう確信した。


──ここは……


寝返りを打ちながら辺りを見渡してみると、薄暗い部屋の床に人影を確認できた。

まだ半分程ぼやける目をこすってから改めて見直してみると、そこにカスミとシャロニカ、そしてヒマワリが寝ているのを確認できた。


──皆無事で良かった……


床に敷かれている布団は一枚で、そこに全員が並んで雑魚寝している。

自分だけベッドに寝かされてるのに気付いて、なんだか申し訳ない気持ちになる伊吹。


見慣れない薄手の服を着たカスミは、布団から大きくはみ出し豪快な寝相を晒している。お腹も丸出しになっているので、冷えていないか心配になる伊吹だが、そのカスミに寄り添うように身を丸くしてくっついている銀色の毛玉がそれをカバーしてくれるだろうと思い、一息ついた。


──問題はこっちだな……


ここ数年程、伊吹は成人女性と縁が無かったのでこのように同じ部屋で一緒に朝を迎えるという機会を逸していた。

久方ぶりに訪れたその機会の相手は出会ったばかりの絶世の美女なのだからリハビリには荷が重すぎるといった所で、ふと視線を動かした先に見えるその光景を前に伊吹の心臓は驚くほど跳ね回っている。

高鳴る鼓動を抑えるかのように伊吹は一度大きく唾を飲み、まばたきを繰り返して目を凝らす。


そこにはカスミにはぎ取られたのか、体を覆っている布団は1枚も無く、着崩れた衣服から雪のように白い肌がかなりの範囲で露出している女神の姿があった。

シャロニカが着ているのは伊吹が記憶している黒いドレスでは無く、こちらもカスミが着ているようなデザインに近い薄手の服だ。

カスミと違うのはそのフィット感で、明らかにサイズが合っていない。腹部は丸見えになっており、まるで子供服を着ているかのようだ。

シャロニカの元々の体型が悩ましい程グラマラス過ぎる為か、サイズの合わない服からこれでもかと言わんばかりに谷間が顔を覗かせている。

そしてそれ以上に伊吹の目を引いたのはスラリと伸びた美しい足だった。

驚く程長く美しく、それでいて程よい肉付き感はまさに伊吹の理想的な脚であり、これ以上ない程に欲情を駆り立てられる。


気付けば伊吹はベッドから身を乗り出して、食い入るようにシャロニカの艶めかしい肢体を見つめていた。


────何見てんだよ────


 「────っ!?」


突如として頭の中に響いてきた銀鈴の音は、目の前のエロスの権化からのものだ。

しかしその声に怒りの感情は感じ取れない。伊吹は一瞬ドキッとしたが、動揺を悟られないよう返事を返す。


────起きてたのか? ……いや、カスミは寝てるかなーと思って、な。うん……別にお前を見てたわけじゃないぞ────


念じている事を相手に送る、所謂テレパシーみたいな物は今はシャロニカと伊吹の間でだけ行われている通信手段だ。


────本来睡眠なんて物は必要ないからな私達には……ま、でもやっぱちょっとは眠ったよ。これも『魂の共有』の影響だと思うけどね────


────そうなのか────


未だに鼓動の高鳴りが収まっていな伊吹は、なるべく平静を装いながら念話を続けている。

鼓動が収まらない理由は、床で寝転んでいるシャロニカが体勢を変える度に、揺れ動く胸と長く伸びた脚が視線を奪っていくからだ。


────で? 体はもういいのか?────


────体!? だ、だから見てないって言ってるだろ!────


────はぁ? イブキ、お前の体調の事だよ。調子は戻ったのか?────


────あ、あぁ……体調ね……そうだな。うん、まぁそこそこ快調そうな雰囲気だな────


────って、あ~……まぁ聞くまでもなかったか。元気そうだな────


────ん? ────


シャロニカが上半身を起こしてこちらを眺めた後に、不敵な笑みを1つ浮かべそう呟いた。

不思議に思って自分の体を見てみるとそこには見られたくなかった恥ずかしい現象がハッキリと起こっていた。


 「──っ!!!」


 「ハハッ……なかなかじゃないか」


 「……しばらく起こさないでくれ……」


抗いようのない生理現象を抑える為と、恥ずかしさが相まって布団をすっぽりとかぶってしまう伊吹。

しばらくはシャロニカの顔を見られそうもなかった。


 「まぁ無理もないさイブキ。このシャロニカ様の体を見た男なら誰でもそうなるって、気にするな?」


 「……うるさい! カスミが起きるだろ!」


布団をかぶったままそう声を上げる伊吹。すると再び頭の中に声が届いた。


────我慢できなくなったら相手してやってもいいぞ? フフフ……────


────!? ばっ……バカか……カスミが居るのに出来る訳ないだろ!────


────アッハハハ! バ~カ、冗談に決まってるだろ。やれやれだね~男は単純で面白い────


シャロニカがどんな顔をしているのか声だけで想像できてしまう伊吹は、ギリギリと歯を噛みしめながら女神にいいように踊らされた自分を戒める。


──もう無視だ無視……くそっ……!


脳裏に焼き付いて離れないシャロニカの美しく艶めかしい半裸の姿を掻き消すかのように、無心で瞑想に入る伊吹。

しばらくすると気付かないうちに再び眠りへと落ちていた。



――――――


――――


――



 「──おーい! 起きてー! 飯っすよ飯ー」



 「──ぬお!?」



突如として揺り動かされて覚醒を迎える伊吹。

その聞き覚えがあるような声の主を確認しようと目を見開いて体を起こした。


 「……おはようございます……?」


 「おはよーっす! 皆先にリビングに行ってるからイブキさんも早く来るっす」


 「……りょ、了解した」


ベッドの横に居たのはカスミと同じ位の背丈で、耳が少し尖っている少年だった。

特徴的な丸い目と、ピノキオのような長い鼻が印象的だ。


 「じゃ、待ってるっす!」


少年は伊吹にそう言い残して、部屋から出て行った。

1人残された伊吹はベッドから降りると自分の身なりを確認した。


 「……まぁ大丈夫か」


着ていた上着が見当たらない位で、それ以外はほとんどそのまま身についている。

特に問題は無かったのでそのまま部屋を出る事にしたが、出口の高さがやや低いので頭上に気を付けながら歩く事にした。


部屋から出てみると、結構な広さの家である事が見て取れる。

だがやはり所々普通に歩いたら頭に当たるような高さで作られてる物があるのが目についた。

息を吸い込むと感じる木の良い香りに檜が重なる。伊吹が好きな香りの1つだ。


 「あー! いぶきおきたー! はやくはやくー!」


香りを楽しみながら家の中を進んでいくと、前方からカスミがやってきて手をこまねいている。


 「あ、カスミおはよ──」


 「──おーそーいーのっ! みんなまってるよ!」


のんびりと朝の挨拶を返す伊吹を待って居られなかったのか、その手を掴んで引きずっていくカスミ。

その先にテーブルを囲んでいる大勢の姿が見えてきた。


 「──お、ようやく来たか」


 「これで全員揃ったわね」


 「……ふむ。調子は悪くなさそうだな」


 「いただきますしていいー?」


 「もうちょっと待つさオリゼ。全員席に座ったらな」


大きな木製テーブルは1枚板を切り出して作られているように見える。

綺麗に加工されているというよりは、木材元々の形の良さを活かしつつ利用されていると言った感じだ。


その大きなテーブルについているのは見慣れた女神と、先程見た少年。

もう1人の年上に見える女性は昨日のおぼろげな記憶の中に少しだけ残っている。恐らく自分を介抱してくれた方だろうか。

残り2人は初めて見る顔だった。


 「あの、どうも初めまして……ですよね? 自分は『七種 伊吹』と言います。なんだか知らぬ間にお世話になってしまっていたみたいで申し訳ないです……」


テーブルの前までカスミに引っ張られていくと、全員に向かってそう挨拶をする伊吹。


 「どうも初めまして。私がシグ・ジャーテニンズ、この家の主です。こちらが妻のジーテで、長男のユードと、二男のオリゼになります。どうぞよろしくお願いしますイブキさん」


 「改めてよろしくねイブキさん。元気になられて何よりだわ。さ、こちらへどうぞ。お腹すいてるでしょう?」


 「よろしくっすイブキさん!」


 「よろしくー!」


ジャーテニンズ家全員と挨拶を済ませた後一番最後に席へと腰かける伊吹。

7人座ってもまだ余裕を感じられる広さのテーブル一面に美味しそうな料理が並べられている。

どの料理も伊吹が見たことのない物で、一体どんな味がするのか想像するのが難しい。感じられるのは漂ってくる匂いだけだ。


 「じゃぁ頂きましょうか! 皆、大地に感謝を」


そうシグが言った後に目を閉じ両手をテーブルへとそっと置いた。それに続いて皆も同じようにしていくので、伊吹もそれに習った。

そうしてしばらくの間静寂が続いて、再びシグが口を開いた。


 「さぁ、食べよう!」


 「いっただきま~す!」


オリゼの掛け声に続いて、他の皆も一声上げてから食事が始まった。

馴染んだ姿で食事を取っている姿のカスミとシャロニカを見ると、どこか自分だけが取り残されたような気分になる伊吹だった。

しかしそんな些細なことは出された料理を口にした瞬間に吹き飛んでしまった。


 「──っ美味い!」


恐らくは卵料理と思われるフワフワでとろりとした黄色の料理を口にした伊吹。

木製のスプーンで一口すくい、口に入れた瞬間舌の上に甘味とねっとりとした食感が広がっていく。

卵特有のコクに合わさるのは薄い塩味。それが何の調味料なのか判断は出来ないがとにかく抜群の匙加減だ。

1品目がこのクオリティだった為に、食に目が無い伊吹の探究心に火を付けてしまった。


2品目に選んだのはスープ。

香草のような物が浮かんだ金色に透き通っているスープ。それを一掬い飲んでみる。


 「冷製……!」


伊吹の想像を裏切り、コンソメスープにも見えたそれは冷製仕立てで、やはりこれも味わった事のない奥深さを感じる。

野菜や肉を煮込んでから作るスープの一種だとは思うのだが、そこに何が入っているのか持っている知識の中には見当たらなかった。


──異世界……なんて素晴らしいんだ! 未知の味だらけじゃないか……!


この異世界に来てから初めて伊吹は喜びに打ち震えていた。

こんなにも新しい味に出会えるなんて事は、あっちの世界はごく稀にしか訪れる事は無かった。それ程近代化の進んだ世界では容易に世界中の料理を味わう事が出来ていたのだから。


──だけど、ここはっ……!


3品目はソーセージによく似た料理だ。ほとんどソーセージと見た目に変わりはない。

これはさすがに想像した味から大きく変わる事はないだろうと思いながら伊吹はそれにかぶりついた。


一気に飛び出してくるのは迸る肉汁。飲める程に溢れてくる程ジューシーなその味わいは、もはや例える言葉が見つからない。

鳥でもない、牛でも、豚でもない油の味。それは濃いコクを出してはいるものの、それでいてしつこくなく、後味はとても爽やかだ。

肉と共に練り込まれている何かによってそれが実現しているのではと予想を立てる伊吹だが、そんな事はもはやどうでも良くなっている位に料理に夢中になってしまっている。


 「──っ! はぐっ……もにゅ……ちゃぷっ……」


気付けば本来会話を楽しまなければならない団欒の場において、伊吹は食に没頭するアスリートのようになってしまっていた。


 「お口に合いましたかな? イブキさん」


そんな姿に何か感じたのか、パンに相当するであろう物を口いっぱいに頬張っている伊吹に一家の主、シグが話掛けてきた。

慌てて飲み干してからそれに答える伊吹。


 「──っはい、すみません無言で食べ進めてしまって……どれもとても美味しくてつい……」


 「あぁいやいや、それは全く構いませんよ。それだけ美味しそうに食べて下されば作り甲斐があったってものです。それにしても……似た者夫婦とよく言いますが、本当だ! いやぁハッハッハ参った参った!」


 「あはは……って、夫婦?」


 「シャロニカさんの食べっぷりも豪快ですし、イブキさんとよく似ていると思いましてな!」


 「──ぶっ……!! え、俺とシャロニカがですか?」


 「ええもちろん! お似合いの夫婦ですな羨ましい! ハッハッハ!」


甚だしい勘違いではあるのだが、ふと自分達が他人から見た場合にどう見られるのかと想像してみるとあながちそれは間違っていない。

むしろ夫婦あれば自然に見えるこの組み合わせが、それを否定する事で一気に胡散臭くなってしまうのではないかと伊吹は考えた。


 「あはは……いやはや、そう言って頂けると嬉しい限りです……」


伊吹はとりあえずは自分達が家族であるという事にしておこうと心に決めた。

それはこの未知の異世界において信用される第一歩に繋がると思えたからだ。

片親という歪さはどの世界においても共通で、家族が揃っている事が何よりも大事なのだとジャーテニンズ家を見てそう感じた伊吹だった。


蓋を開けてみれば誰一人として血の繋がりのない他人同士の集まり。無論、物理的な 『血の繋がり』 という意味で伊吹とカスミはそこから除外されるのだが、それを証明できる人物はこの世界には居ないのだ。


────って、事で夫婦設定でよろしく頼むよシャロニカ────


話を合わせる為にシャロニカと口裏を合わせておく事にした伊吹は女神に向かってそう念じた。


 「う~ん……! これもうっまいねぇ~……ジーテは料理のスキルレベル相当高いんだねぇ?」


 「おほほ…そうかしら? ハーフリングは皆こんなものだと思うわよ~?」


 「へぇ~今まで料理に興味無かったから知らなかったけど、そうか……ハーフリングは料理上手なのね」


ジーテと楽しそうに談笑しているシャロニカを見ても、こちらの声が届いているようには見られない。

意図的に無視しているのか、それともこちらから念じても意味がないのか。

仕方ないのでその話はまた次の機会にする事にした伊吹であった。


なんとも鮮烈で楽しい異世界での初めての食事はあっという間に終りを迎えて、満腹になった伊吹達の前には飲み物が入った金属製のカップが並べられた。


ジーテはキッチンで片付けに勤しみ、テーブルにはユード、シャロニカ、シグ、伊吹が残っている。

オリゼとカスミはヒマワリと共にどこかへ行ってしまったようだった。


食事を終え、ハーブティーを呑んでいる伊吹は何とも言えない多幸感に包まれている。

しかしそんな中で伊吹は自分が置かれた現状を思い出していた。そのきっかけは左手に残っていた蛇の嚙み跡が目に入ったからだ。

伊吹は頭の中を整理して、まずは情報を集めなければならないと1つの目標を打ち立てた。


 「シグさん、実は俺達はこの辺りに詳しくないですが、ここは一体どういう場所なんですか?」


まず今居る場所がどこなのかを確認する事にした伊吹。あの森から移動してきたここが安全なのかどうなのか? 

そして『あっちの世界』に戻る術があるのかを知る必要がある。

そんな伊吹の質問にハーブティー片手に一息つくシグが答え始めた。


 「おお、そうでしたな。意識を失っていたイブキさんは困惑なされたでしょう……どこまで覚えていますかな?」


 「……森で蛇と戦ってて、何かに乗せられて森を抜けているあたり……後はうっすらとこの家に運ばれてジーテさんの顔を覚えているかな? といった所ですかね」


途切れ途切れの記憶を探ってなんとか思い出してみるが、やはりそんな程度だった。


 「そうですか……では抜けているあたりをお話しておきますと……」


昨日から今日まで自分が意識を失っていた間に起きた事柄を淡々とシグが説明していく。


 「……後細かい部分はシャロニカさんから補足しておいて貰えると助かりますかな!」


 「おーけー。それはまた暇な時にでも話しておくよ」


一通り話が済んだ所で次はもう少し詳しい質問をする事にした伊吹。


 「ちなみにここにはお店ってありますか? 例えば宿屋とか、道具屋とか……」


 「店ですか? まぁそうですねここを訪れる人は一定数居ますから、その方達用に開いている店はありますよ」


 「なるほど……そこで使える通貨って見せて貰えたりしますか……?」


 「通貨ですか? 里で使用されている固有の通貨はありませんよ。 『リナス王国』 共通の金貨、銀貨等と同じです。」


異世界と言えどやはり通貨は存在しているようで、この国特有の物があるという事が分かった。

金貨、銀貨という響きからゴールド、シルバーで作られているコインのような物だろうか。

これもイメージ通りであるならば分かり易くて助かるのだが……


 「あーそっかそっか! シグ、実はうちら一文無しなんだよね~」


シャロニカが唐突に話に割り込んできたが、それは伊吹にとっては好都合だった。なんでも気にせずに話のできるシャロニカが一気に話を進めてくれるからだ。


 「なんと……! それは一大事ですな……一体どうやってここまで来たのですか?『リナス王国』北東の辺境地帯ですぞ……」


 「飛んできた。な? イブキ」


 「あ、あぁ……そういう事なんですけど色々話が飛んじゃってるんで……」


 「何でも北山脈の方から辺境の森まで飛行魔法で飛んできたって話らしいよ父ちゃん」


 「あんな方には街や村は何も無いはずですが……一体どこから?」


シャロニカが話したのだろうか、ある程度事情を知っていそうなユードが話の間隙を縫ってきた。


 「……実はその……シグさん『異世界』ってご存知ですか? こことは違う世界の事なんですが……俺とカスミとヒマワリはそこからやってきたんです」


思い切って核心をついた話をしてみる事に決めた伊吹。何か情報が得られなければ何も進まないのだ。


 「……『イセカイ』……ですか……うーむ……ちょっと自分には分かりかねますな。申し訳ないが……」


 「あぁいえ……もし知っていれば何かしら戻れる手段なんか無いかなとか聞きたかったんですが……他に知ってそうな人とか心当たりあります?」


 「私の知人では思い当たりませんが……そうですなぁ……」


むうと呻いて考え込むシグ。顔半分程覆っている髭をさすりながら瞑目している。


 「なら『ベアツ』に行ってみたらいいんじゃないかしら?」


キッチンから戻ってきたジーテがお菓子の乗った皿をテーブルに置きながらそう言った。


 「……『ベアツ』?」


 「それはいい考えだジーテ。『交易街ベアツ』ここから一番近い街です。そこに行けばもっと難解な知識を持った方が居るはずなのでそこでなら『イセカイ』について知っている者が居るやもしれません」


 「本当ですか! それは……朗報だ……!」


伊吹達にとってはこちらが『異世界』だが、ここの住人からしてみればあちらが『イセカイ』なのだ。

だから伊吹が知らなければならないのは『イセカイ』への渡り方で、それを知る事が出来れば元の生活に戻れるのだ。


伊吹の次なる目的が明確になった。


 「……よし!『交易街ベアツ』そこを目指そう!」