夏休み編2話 再会とキス
目覚ましのけたたましい音が鳴り響く。単衣は目を開ける。無機質で真っ白な男子寮の天井。その天井に今日の日時と天気、気温、湿度などが表示された。今日の天気は晴れ。夏らしく暑い日だった。
顔を洗って歯を磨くと、黒いテーブルに着く。そのテーブルに今日の朝食のメニューが表示された。パンとハムエッグとスープ、白米と鮭と漬物と味噌汁、ハンバーガーとポテトとソフトドリンクが今日のメニューだった。単衣は白米と鮭のやつを選択する。するとテーブルに魔方陣が浮かび上がり、選択した料理が出現した。
真珠のように純白なご飯は、炊きたてのような湯気が薄っすら。鮭は熊が好んで咥えていそうな程に身が大きく、綺麗なピンク色をしていた。皮に焦げ目が少し。きっとぱりぱりの食感に違いない。味噌汁は豆腐とわかめが入っていた。味噌の芳醇な香りが単衣の食欲をそそった。
「いただきます」
そう言って手を合わせると、箸を持って朝食を食べ始める。
単衣の前に映像が浮かぶ。テレビの映像だ。次々とチャンネルが切り替わっていく。単衣の意思によってこのテレビは操作される。
――続いてのニュースです。新宿で元B部隊所属の数名がテロを実行。A部隊が阻止しました。テロ行為は未遂に終わり、死傷者はいません。
単衣はそのニュースでチャンネルの切り替えを止めた。A部隊は単衣の憧れだった。だから彼らの活躍は逐一チェックしていた。
「ごちそうさま」
単衣は朝食を平らげると、テーブルに表示されたボタンを押す。すると魔方陣が浮かび上がり食器が消えた。
(確か公園集合だっけ)
単衣はテレビを操作した。映像はこれから向かう公園の様子が映し出される。公共施設の様子はこのようにいつでもチェック出来る。公園にはまだ誰もいない。まだ朝早い時間帯だから当たり前だ。
単衣は立ち上がってジャージに着替える。星葉学園のジャージはやはり白と黒が基調のデザインだ。掛けていた愛刀を腰に掛けると、単衣は部屋を出た。
天井の表示にあった通り、天気は快晴だった。日照りが強くて暑い。単衣はウォーミングアップを兼ねて走って男子寮を後にした。
公園までの歩道はレンガのデザインが施されていた。縁石には木が植えてある。この辺りは高い建物は少なくて見晴らしも良い。もう少し遠くに行けば海も見える。単衣はこの辺りを大変気に入っていた。
公園が見えてきた。その奥の方に女子寮が見える。その女子寮の方から一人の女性が公園に向かって歩いていた。背丈からして林ではないようだ。
(あ……)
その女性は小坂 友里だった。単衣の幼馴染で、単衣が告白した人で、単衣をふった人だ。
もうすぐ公園に着くというところで、友里も単衣に気付き、狼狽えた。告白した人とされた人がこうやってばったり会うのは気まずいものだ。友里の反応は当然だった。
黒くて長い髪の毛がシュシュで一つにまとめられ、それが左肩に掛けられていた。学園での友里の普段通りの髪型だった。服装はTシャツに短パンとラフな格好で、恐らく散歩をしている最中だろう。かさん、かさんと音がするので足元を見れば、涼しそうなサンダルを履いていた。
「単衣君、おはよう」
単衣と呼ぶのは今まで友里だけだった。単衣は昨日のことを途端に思い出して、ちくりとする胸の痛みに苦しんだ。
「おはよう、友里」
平静を装って挨拶を返す単衣。しかし友里は可哀そうな目で単衣を見ていた。
「単衣君、あのね」
友里の表情がひどく苦しそうだった。
「あなたの気持ちに応えられなくて、本当にごめんなさい」
そう言って目を閉じ、頭を下げる友里。友里自身も単衣のことを全て知っている為に、自分の選択が彼をどれほど傷つけているかを理解していた。
「ごめんね。私もずっとあなたの味方でいたかった。こんな形で傷つけてしまうなんて」
そう言う友里は目に沢山の涙を浮かべていて、今にも泣き出しそうだった。単衣も、友里のことを責める気持ちにはなれなかった。むしろ感謝するべきだと彼は思っていた。ブサイクで、落ちこぼれな自分を、こんなにも大切に思ってくれる。だから単衣は友里のことを好きになったのだ。
「でもごめんなさい。単衣のことは友達以上に見れないの」
そしてついに涙を零して友里は言った。
「あなたとは、キスできない」
そう言って友里は単衣の横を過ぎ去る。友里の涙を見て、そして最後の一言を聞いて単衣も泣いてしまった。
「そうですか、そうですか」
聞き覚えのある声が響いた。その言葉に友里は立ち止って何事かと振り向いた。
「あなたとはキスできない。なるほど、なるほど」
公園の入り口には、枝垂 林が立っていた。白髪のポニーテールが夏風に揺れていた。彼女の表情を見れば、不気味にニヤリと笑っている。
「ふふ、単衣って相当ブサイクなんですね」
あまりにも速すぎて友里は林を見失った。林は目にも止まらぬ速さで公園の入り口から単衣の懐まで移動していた。
「ふふ、やはり単衣は見えていますね」
林の言う通り、単衣には一連の動きが全て見えていた。しかし、やはり対応はできない。
「でも、これはかわせないでしょう」
懐から林は顔を突き上げ、あろうことか単衣の唇にキスをした。
「なあ!?」
素っ頓狂な声をあげて、友里は頬を赤らめた。
(き、キス……)
単衣はようやく事態を把握して、途端に恥ずかしくなる。林の唇の感触を楽しむ余裕はない。
(これがキス……)
一方で林は自分からしただけに単衣よりは余裕だった。単衣の唇の感触と、キスの感覚を存分に楽しんでいた。
(ちょっと、恥ずかしいですね)
林はそんなことを思いながら、自身の鼓動が高まっていくのを感じた。やがて抱きしめたい衝動に駆られ、そのまま単衣の身体を思い切り抱きしめた。
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