序章 始まりは唐突に
「────いぶきー?」
「……む?」
どれ位時間が経っていたのか自分では分からなかった。1分か2分位か?
頭の中で行われていた自問自答のようなやり取りは突如として小さな声に遮られた。
そんな行動今まで取った事は無かっただけに、現状がどれほど異常なのか次第に分かってきた。
「ずっとボーっとしてるからどこかイタイの?」
小さな声はされども透き通るように美しく、曇った頭の中を晴らすように届いてくる。
聞きなれた声は頭を少し前へ傾けなければ見る事が出来ない位置からしてくる。
「……いや、痛い所は全然無いから大丈夫。ごめんな、ちょっとボーっとしてたな」
声の方へと視線を落とし、その小さな頭を優しく撫でた。
これだけはいつもと変わっていない。自分のよく知る感触だ。
「えへへーよかったー! ヒマワリもしんぱいだって!」
「ニャア」
よくよく見れば両手でしっかり支えられた毛むくじゃらがそこに居た。
「よしよし。ありがとな心配してくれて」
同じように毛むくじゃらの猫の頭もくしゃくしゃと撫でてやる。
何でもないこんなやり取りで、次第に心は落ち着いてきた。
ようやく周囲をじっくり眺められそうだ。
「……」
改めて見返しても、まったく見覚えの無い場所だ。
眩く光を放っているのは鉱石か。クリスタルのようにも見える。
岩肌から無数の柱のように突き出しているそれらは視界に見える範囲に所狭しと生えている。
ライトで照らす必要が無いほど明るいが、どうやら洞窟の中だと見受けられる。
明るさの原因は眼前に広がる光を放つクリスタル達だ。
エメラルドグリーンとブルーが混ざり合ったような色はとても幻想的だ。
1つ1つのクリスタルは透き通るような透明度で、漏れ出る光と、周囲の環境光をさらに増幅させている。
不規則に、まるで息をしているかの様な明滅は、蛍の光のようにも見える。
かなりの広さで奥行を感じる洞窟内。
岩肌がゴツゴツした床は歩きづらそうだが、もう少し探索はできそうだ。
壁部分にはクリスタルがビッシリだが、地面はかなり少ないので歩く分にはなんとかなるだろう。
幸い天井の高さはかなりある。10m、場所によってはもっとあるかもしれない。
狭い所が苦手な伊吹にとっては重要なファクターだ。
振り返って後方を確認してみると、そこは洞窟の端の方だった。
人の手が加わったかのようにその場所はサークル状に空間が開けているように見えた。
クリスタルの光も他の場所に比べてより一層際立っているようだ。
「綺麗な場所だ。寒いけど」
自分達が置かれている立場が不確定な状況にも関わらず、この見知らぬ洞窟が美しいと感じてしまう。
それ程にクリスタルに彩られたここは目を奪い、感嘆の息を漏らさせる。
「それでここはどこなのー?」
ひとしきり洞窟内を見渡し終わる頃に、シビレを切らした声が聞こえてくる。
1つ大きくため息がてらに呼吸を整えてからその声に向き直る。
「……さっぱり分からん! ははは!」
「え~? まいごってこと~? 」
「うーん……まぁ、迷子と言えば迷子……か」
「おばあちゃんちもどれないの~?」
「うーん、頑張って帰る道探してみよっか」
「うん! よるごはんまでにはおうちかえろうね!」
「だな。この季節の夜は寒すぎるからな。よーし、急いで帰ろうか! カスミ!」
季節は冬。年の暮れにさしかかろうとしている。
年末年始を田舎で過ごそうと思いやってきた実家。
実家の近くにある神社へお参りがてら散歩に来ていたのだが、今居るここは神社では無い。
俺が知らないだけで神社にこんな場所があったという可能性もあるが……
一体何が起こってこんな所に居るのか。
カスミの手を取り慎重に歩を進めていく伊吹。
ゆっくりとその場から開けている奥を目指して歩き出した。
先頭を歩く伊吹に手を引かれるカスミ。最後尾から軽快にヒマワリが追いかけていく。
──とりあえず先へ進んでみよう。出口があるはずだ
洞窟内を慎重に見渡すのと同時に、ここに至る経緯を思い起こそうと試みる。
唐突な眩い光に包まれたのは神社に着いた後だった。
────あの光に包まれる前
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