第一章② そして異世界へ
「いぶきー、みてー?あそこが神社だよね?」
「おー、そうだよ。着いたな」
「やったー!わたしがいっちばーん!」
「おーい!足元悪いから転ぶなよ!」
「はーーーーい!」
伊吹達の目の前に鬱蒼と生い茂った森が見えてきた。
開けた畑や果樹園を通り過ぎた先に突如として盛り上がっているように存在している。
先を行くカスミに続いて、伊吹とヒマワリも進み入ってゆく。
森の入口には古い鳥居が立派に聳えている。派手な装飾などは見られない、地味な様相だ。
長年雨風に晒されたまま特に手入れもされていないようで、大分くすんだ色味になっている。
鳥居から社まではまっすぐに開けており、その脇に末社がいくつか鎮座されていた。
「寒いな」
境内に入った瞬間から一気に空気感が変わった事に気づいた伊吹。
敷地内は昼間でもその中は薄暗く、空気も涼やかだ。冬の季節には陽があまり当たらない為、余計に寒く感じてしまう。
「いぶきいぶきー! これ鳴らしてもいいー?」
一目散に社前まで辿り着いていたカスミが鐘紐を指さしながら叫んでいる。
「いいんだけど、ちょっと待ってな」
バックパックから財布を取り出し、そこから10円玉を三枚取り出した。
カスミの横まで進んでからそれを2枚手渡す。
「おかね! これどうするの? 」
「こうするんだ」
軽く会釈をした後、賽銭箱に10円を投げ入れ、そのまま鐘紐を大きく揺らして鐘の音を響かせる。
ガランガランと低い鐘の音が冬の境内に響き渡った。
「わかった! じゃぁわたしもやっていーい?」
キラキラした目でこちらを見上げてくるカスミ。
「まだやる事残ってるんだ。もう少し見てて」
「わかった!」
うずうずしている様子がよく分かるのだが、最後まで作法を教えておいた方がいいだろう。
もう少しの辛抱だ。
(えーと、確か……)
深いお辞儀を二回。二礼だよな。
それでもって拍手が三回。で、お祈りをする……っと。
(家族皆が健康に毎日過ごせますように)
で、最後に一礼。
「……以上! こんな感じだ」
うろ覚えで怪しかったが、大体こんな所だろう。そんなに間違ってないはずだ。
横を見るとまじまじとこちらの様子を伺っているカスミの姿があった。
ヒマワリは別の方向をジッと見つめていた。興味無しか。
「わかったわかったー! じゃあわたしのばんだね!」
もはや耐え切れないとばかりにじっと我慢していた衝動が弾けるカスミ。
唇をぎゅっと噛みしめながら垂れ下がる鐘を見上げ、間髪いれずに大きくお辞儀へ。
少し色が落ち始めてしまった髪の毛が宙を乱れ舞った。まるでヘッドバンキングだ。
「おいおい。勢いよすぎ……」
ここで撮影チャンスである事に気づいた伊吹。
慌ててスマホを取り出してカスミの 『初めてのお参り』 を見逃すまいとRECボタンを押した。
「はい! じゃぁこれはわたしと、ヒマワリの分だね!」
二枚渡してあった10円玉を賽銭箱へと投げ入れた。
チャリンと音が鳴った時にようやくヒマワリがそちらの方へと顔を向けていた。
が、それも一瞬で再び別の方へと向き直ってしまった。見ているのは社の奥の方か。
「せーのっ!!」
勢いよく鐘紐をひっぱった後、目いっぱいの力で振り回すカスミ。
5歳児の力ではそれ位やっても、大して鐘の音は響かなかった。
納得いかないのか、揺れる鐘を険しい表情で見上げ、再び紐を激しく揺らし始めた。
「あんまり乱暴にしちゃダメだぞー?」
「うー、わかったー」
ムキになる前に注意を促す。物分りは良いので、すんなりと引き下がってくれた。
小さくガラガラと鳴っている鐘がまだ余韻で揺れ動いている。
「ほら、お願いもしないとな」
頬を少し膨らませて鐘紐を握ったままだったカスミに次を促す。
きっと鐘鳴らすのがメインイベントだったんだろう。
思い出したように紐を離してヘッドバンキングを始めた。
一回、二回と小さな頭が激しく宙を舞う。
「首おかしくならんのかね……」
パン、と拍手の乾いた音が三度、静かな森を通り抜けていく。
一生懸命目を瞑ってお祈りをしている彼女は何を願っているのだろう。
その願いが叶う事が自分の本当の願いなのかもしれない、と伊吹は考えていた。
「……これでよかったー? いぶきー?」
最後の一礼を終えたカスミが伊吹の方へと振り返った。
「うん、上手に出来て──」
次の瞬間。
カスミの周りを眩い光が包み込み始めていた。
白く、強烈な光。突如として現れた光は目を開けていられない程だ。
「あれー? なんだろーこれー?」
自分の周りだけにある光を不思議そうに見つめているカスミの元に、ヒマワリが駆け寄ってきた。
「フシャァ!!」
毛を逆立てながら警戒心を表すヒマワリ。それに呼応するかのように光もまた変化する。
光は次第に範囲を広げていき、少し離れた場所に居た伊吹の足元までも伸びてきている。
ただただ強烈に眩い白に埋め尽くされて、伊吹の視界はほとんど奪われてしまった。
「カスミーーーーー!!!」
唐突な不安感に襲われた伊吹は、カスミの元へ駆け寄って強く抱きしめた。
何が起こっているのか分からないが、何かおかしい。
何か、この場所でまた起こるのだろうか?
『始まり』のこの場所で。
白く、白く、何も無くなった世界を見た時に、『この世界』から彼らも消え去っていた。
その場所は冬の静かで、寂しい境内。
そこには誰も居ない──
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