夏休み編4話 枝垂林の実力
ゲートを通り危険地域に入った。単衣は車窓から外の景色を見る。
(うわあ)
見渡す限りに広がる草原に単衣は感嘆した。遠くに山脈が見えた。車を停めて二人は降りる。
単衣は思い切り深呼吸をした。空気が美味しいと感じたのは初めての感覚だった。
「私には目が見えないので、ここの景色の素晴らしさを理解出来ないのですが」
林はとても清々しい表情で語る。
「風の気持ち良さと、草木の匂いが気に入っています」
林の言う通り、草木の匂いが混じった薫風はとても爽快だった。
「林、凄い、凄いよ!」
単衣は楽しくて仕方がなかった。
「ふふ。そうですか、そうですか」
林も楽しそうに頷く。
「草原なんて初めて見た。こんなに広いんだ!」
「ほら、鳥も飛んでいますよ」
林が向いている方を見てみると、確かに鳥が数羽飛んでいた。そしてようやく鳴き声が響いていることに気が付く。
「ほら、そこには蝶」
そこには色鮮やかな花とその花に群がる蝶が数匹。林が屈んでそっと指を差し出すと、その指に一匹の蝶がとまった。
「ふふ」
林が笑う。白髪の少女と鮮やかな蝶。とても絵になる光景だった。
「どうでも良くなってくるでしょう」
林が言う。
「うん」
単衣は頷いた。
「実際、どうでも良いんですよ」
「うん」
風が吹き抜けた。悪いものが全部吹き飛んだように単衣は感じた。
「だから、楽に行きなさい」
「うん」
重すぎて押しつぶされそうなくらいの肩の荷が、ようやくおりた気がした。
「さて」
林は立ち上がった。白髪が風に揺れた。指先にとまっていた蝶はまた花の方へ飛んで行った。
「あちらを見てください」
林が指さす。単衣はその方を見たが、何もないように見えた。
「もっと遠くです。はるか遠くを見てください」
言われた通り、可能な限り遠くを見た。すると約10キロメートル先に四足歩行の獣が一匹。毛並みは青くて、鋭い牙をむき出しにしていた。
「魔獣だ……」
単衣はそう呟くと、恐怖にたじろぐ。
「おや、本当に見えましたか。動体視力だけではなくて、純粋に視力も良いんですね」
林は関心したように言った。
「安心してください。相手は気付いていませんし、車でも10分くらい掛かる距離です」
そんなことを言いながら、専用車に乗り込む林。単衣はとりあえず林の後に続いて車に乗った。
「さて、倒しますよ。北へ10キロメートル直進」
――北へ10キロメートル直進、了解。発進します。
車は魔獣の元へ直進する。
「単衣、私の動きをじっくり見ていてください」
そう言うと林は腰に携えた刀の柄に手を掛けた。林の愛刀、桜。A部隊所属の林はかなりの有名で、単衣は彼女の得物も当然把握していた。
愛刀、桜の鞘は純白。鍔は黒く柄は桃色。刀身は乱刃という波模様がある。
――やあ、林の恋人さん。ええと、八意 単衣君だっけ。
突如鳴り響く女性の声に単衣はびっくりした。どうやら林が通話をスピーカーに変えた様だ。
――急にごめんなさい。友達の恋人と聞いたから、挨拶だけでもと思って。あ、私は神原 奈々です。A部隊のオペレーター担当です。
安全な場所からリアルタイムに情報を収集し、各部隊に行動の支持を出すのがオペレーターの役割である。
「奈々、魔獣は私が倒します。後始末はよろしく」
――了解。じゃあ八意君、機会があればお茶でも。
そして通話は一方的に途切れた。
「さて、そろそろでしょう。止めてください」
――了解。停止します。
魔獣まで約100メートルといったところで車を停車した。やはり草原のど真ん中で、遮蔽物は一切ない。その為魔獣もすぐにこちらに気付き、警戒の素振りを見せていた。
林と単衣は車から降り、歩いて魔獣に近づく。50メートルといったところで、魔獣は威嚇のために吠えた。吠えた際に、腹部に黄色い玉が埋め込まれているが見えた。あれは核と呼ばれる部分で、魔獣の急所だ。
とても狂暴な叫び。単衣は途端に怖くなる。しかし一方で林はとても冷静だった。
「単衣。私の流派は枝垂流。父と母が編み出したものを私が流派としてまとめたものです」
林はそう言いながら柄を握り、とても自然に構えた。
「そして単衣、あなたがこれから身に着ける流派です。しかと見なさい」
またしても魔獣は吠えた。そして口をこちらに大きく開いたと思えば、その口から光の矢が吐き出された。青白く光るその矢は真っすぐ林に目掛け高速で飛んでいく。
(危ない!)
単衣は目では捉えていたものの、あまりにも早く飛んでいくものだから、咄嗟に林の身を案じた。しかしそれは杞憂に終わる。
光の矢がもう少しで林の顔面に直撃するだろうところで、突如矢の軌道が大きく逸れて地面にぶつかり、消滅した。
「枝垂流・柳」
林の刀、桜は鞘に収まったままだった。しかし単衣はしっかりと林の動きを捉えていた。
林は光の矢が剣の間合いに入った瞬間に抜刀。その勢いで、光の矢の先を切っ先でそっとなぞり、さらにその勢いを維持したまま納刀した。すると光の矢は軌道を反らした。
「さて」
そんなことを呟いたかと思えば、次の瞬間には魔獣の懐で急所となる核を斬りつけていた。やはり刀は鞘に収まっていた。あまりの速さに、単衣は目を見張る。
「枝垂流・柊」
悲鳴のような咆哮。やがて魔獣は切り裂かれた核から大量の光を迸らせ、消滅した。
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