学園襲来編13話 反省会
右腕を負傷した単衣はそのまま医務室に行った。白い壁、白い天井。白いシーツのベッドが三台。そのうちの一つに、涼が寝ていた。
部屋の隅にデスクがあって、その椅子に女性型アンドロイドが腰かけていた。単衣はそのアンドロイドに近づく。
「こんにちは。容態をチェックしますので、そのままお待ちください」
するとアンドロイドの目から青い光が放射された。その光は単衣の身体の隅々に当てられる。
「右腕の負傷を確認。骨にひびが入っています。すぐに治療に移りますので、ベッドで横になってください」
アンドロイドは立ち上がって、ベッドに向かう。単衣は指示通りにベッドに仰向けになる。
アンドロイドは自身の右腕をぱかりと取り外した。生身の人間でなくとも衝撃的な光景だった。アンドロイドは取り外した右腕を棚にしまうと、同じ棚から別のパーツを取り出した。それはペットボトルを長くしたような筒の形状をしていて、アンドロイドはそれを右腕があった場所に装着した。
次にアンドロイドは単衣のそばに寄った。単衣の右腕を少し身体から離れるように移動させると、その右腕に装着した機器の先端を向ける。すると魔法陣が出現した。単衣の腕にそって魔法陣を動かすと、その部分から少しずつ痛みが引いていく。
「治療完了しました」
アンドロイドは自身の腕に付け替えて、先ほどいた椅子に座った。
「単衣」
涼がこちらを向いていた。いつになく穏やかな声だった。
「結果、どうだった」
涼の顔は真剣だった。
「勝ったよ」
単衣が短く答えると、涼は目を見開く。
「まじかよ」
「うん」
ぱさっと涼は枕に思い切り自身の頭を預けた。
「まじで枝垂の弟子になったんだな」
そう言うと涼は目を閉じた。何か色々と考えているようだった。
「落ちこぼれだったお前が、どうやったら夏休み期間中に強くなれるんだ?」
「その問いには、私が答えましょう!」
喧しい程に激しくドアを開いて、喧しく言ったのは、白髪で巫女装束を着ている失明の剣士たった。
「おいチビ、うるせえぞ」
「ほう、敗者がよく吠えますね。すごく惨めでみっともない!」
やたらハイテンションである林の言葉に、涼は舌打ちを一つ。
「単衣ー!」
そして単衣の名をただ叫ぶと、思い切り抱き着いた。
「私は嬉しくてたまらないのです。弟子の勝利。そして恋人の勝利。嬉しさも2倍といったところですか」
そんなことを言いながら、その白い頬をすりすりとこする林。さすがに涼の前で恥ずかしくなった単衣は無言で林をそっと引き離した。
「こほん。単衣の修行でしたね。木人形に向かって身体強化して抜刀して斬りつけ、そして納刀する。ずっとこれだけをやらせました」
「はあ?」
涼は信じられないといった様子で単衣を見た。
「まあ、という訳なので。単衣はいまだに身体強化しか魔法は使えません。しかし、枝垂流を会得するならそれで充分です。単衣の今のレベルでも、銃弾はある程度弾けますし、魔法も頻繁に使用される小規模の魔法ならかき消せます」
林はこほんと咳払いを一つ。
「単衣。私と荒木の戦いを見ていましたね。荒木は自分らしい戦い方が出来ていましたか」
単衣は二人の一戦を思い出す。涼は接近戦が得意だった。攻撃方法も、魔力と力に任せた拳で殴ること。そんな彼が最初に取った行動。それはハンドガンでの発砲だった。そしてその後も接近してやはりハンドガンで発砲。そしてその次に魔法。周囲に無数の火の玉を浮かべて、そしてようやく涼は自身の身体を利用した攻撃に移った。
「出来てなかった。涼は接近戦が得意なのに、ほとんど遠距離からの攻撃だった」
「あったりめーだ」
単衣の言葉に、涼が反応した。
「いくら俺が接近戦が得意だからといって、こいつに勝てるわけがねえ」
「荒木の言葉を補足するなら」
林が口を挟んだ。
「荒木は私の動きが一切見えていませんでした。そんな状態で接近戦に挑めるわけがないのです。単衣。あなたがこれから極めるべきこと、それは速さです」
「速さ……」
「東郷の戦いでの初手。私の速さであれば防御用魔法陣を展開させることなく、試合を終わらせることが可能でした。単衣。あなたはそれを目指しなさい」
涼は笑った。
「単衣にそれが出来るってのか?」
「出来ます」
林はきっぱりと言い放つ。
「荒木。あなたは単衣の目がどれだけ良いのか、知っていますか」
「目?」
「ええ。はるか遠くが見えるだけではなく、動体視力も良い。動体視力が良いから、魔力強化による無理な速さにも耐えられるのです」
努力を重ねれば、身体強化によって林と同程度の速さを得ることは誰でも可能だった。ただしその速さに慣れることは、かなり難しいことだった。まず、身体強化によって得た速度域に目が慣れない。そして、林並みの速度で壁などにぶつかれば、最悪死に至るほどのダメージを受けるため、修練も難しかった。林の場合は視覚を一切使用しない為、視認できない程の速度で移動しても酔うことはなかった。
「なんでこいつにそんな目が」
涼は当然の疑問をぶつけた。
「恐らく遺伝でしょう。単衣の父親がそうでしたから」
単衣はその言葉に反応した。
「僕のお父さんを知っているの!?」
「ええ、もちろん。あなたの両親は二人ともA部隊だったでしょう?」
林の言う通り、単衣の両親はA部隊の隊員だった。二人とも任務に失敗し、若くして命を失ったと単衣は聞かされていた。林はA部隊の隊員だから、よく考えてみれば知っているのは当然だった。
「私が幼い頃、二人からよくあなたのことを聞かされたものです」
「僕のことを、その頃から知ってたんだ」
単衣はほんの少し納得した。あの日、公園にいた単衣の前に唐突に姿を現した林。林にとっては唐突では無かったのだ。
「ふふ。また一つ私のことを知りましたね」
林は単衣の気持ちが全てわかっている様だった。
「こうやって時間を掛けて、少しずつ教えてあげますから」
林はそう言って笑うのだった。