第一章③ クリスタルの洞窟
さて、どうしたものか。
一旦冷静になって事の顛末を思い返してみたものの、どうしてここに繋がっているのかさっぱり分からなかった。
神社でカスミがお参りを終えた直後の真っ白な光。
次に目を開けた時にはここ。
「……やれやれだな」
何はともあれまずやるべき事は明白だ。
誰もがまずそうするであろう事、それはスマホで検索。
今の時代これ程便利なアイテムが手元にあって解決しない事などほとんど無い。
──電波は……
左手はカスミの手を引いているので、右手一本でスマホを操作する伊吹。
──電波無し、か……洞窟内だからそれも当然か
多少想定はしていたが、やはり洞窟内でスマホに期待は出来なかった。
これで外界から遮断された状態となり、誰かに連絡する事も、マップで現在地を確認する選択肢も無くなった。
後は思い出記録用に活躍してもらったり、気分を変えたい時に音楽でも流してもらったりする活躍が見込まれるスマホ。
それはそれでとても頼りになる存在だが。
──自力でここを抜け出すしか無さそうだな
スマホをポケットにしまい、進路の先へと視線を戻す。
元居た場所から数十メートル程進んできたが、大した変化は見られない。
周囲の光景は相変わらず美しいクリスタルに彩られていて幻想的な佇まいのままだ。
道は曲がりくねっているが幅的には数メートル程あるので圧迫感も無く、進む事に専念させてくれる。
分岐も今の所は無いので特に考えずに前進するのみ。
「ふんふんふ~ん」
「らんらんら~ん」
「とっことっことっことっこ~」
次はどうするか少しの間考えを巡らせていると、左後ろから陽気な歌声が聞こえてきた。
「楽しそうだね?」
「うん! たのしいよ! たんけんしてるみたいでしょ?」
「カスミは探検好きなの?」
「うん! みたことないものいっぱいだとワクワクする~」
「そーかそーか。それは良かった。ここはすっごく綺麗だし、不思議な所だもんな」
「それになんだかげんきがでてくるかんじもするよ!」
「元気?」
「うん、いぶきもげんきでてこない?」
「うーん、元気ねぇ……今のところはそんなに? 感じてないかな?」
「そっかー、わたしだけかなー? ヒマワリはー?」
「ニャァ~オ」
「ヒマワリもげんきでてるって~」
「マジか!?」
カスミの左足元を歩いているヒマワリの鳴き声はとても力強い。
普段は比較的テンションが一定に低めな彼女なので、その鳴き声も相対的に低く聞こえてくる。
しかし今の声からは明らかな活気を感じ取れた。とても楽しい、嬉しい、そんな感情に受け取れた。
「珍しいなー。歩き方もめっちゃ軽いし、尻尾もぶりんぶりんだもんな」
「ンナ~ォ」
そうよ!私は今とても気分がいいの。と言わんばかりにこちらを見上げてくるヒマワリ。
大きな目がキラキラと光っているのがよく分かる。確かに上機嫌で調子も良いみたいだ。
「マジでこの洞窟って何かのパワースポット的な所なのかも?」
「ぱわーすぽっとー! イエーイ!」
「ゴロナーゴ」
「って、あ、こら」
洞窟に慣れ始めたのか、パワーを貰ってテンションが上がってきたのか、
カスミは伊吹の手から離れて洞窟の先へと走り出した。それに追随する銀色の毛むくじゃら。
無邪気な子供と猫をコントロールする事の難しさを改めて認識させられる瞬間だ。
「おーい! 危ないって! 転んだら大変だぞー!」
地面はゴツゴツした岩が所々で大きく突き出している。
結晶化した小さな山のようなクリスタルも苔のように散らばっており、舗装された道とは訳が違う。
足を引っ掛けて転びでもしたら大怪我間違い無しだ。
「だいじょぶだよー!」
伊吹の声にそれだけ返して、どんどん先へと進んでいくカスミ。
その姿はあっという間に視界から消えようとしている。
「ちょ、まてよー!!」
慌てて追いかける伊吹だが、カスミほど小回りが利かずに進むのに手間取ってしまう。
洞窟内に無邪気な笑い声がこだまする。
カスミの声と、自分の足音以外何の音も聞こえてこない。静寂が支配している。
慎重に進むつもりが、気付ば鬼ごっこをしているような感覚で未知の洞窟を進んでいる。
先程まであった不安感はどこへ行ったのか。
今はとにかくカスミを見失わないようにするのに精いっぱいだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
冬場というのに額からは汗が垂れてきた。最初に感じた寒気は今はまったく感じない。
流れる風も無いからか、蒸し暑さの方が勝っているような洞窟内だ。
「おおーーい! カスミー! そろそろ止まってくれー!」
カスミの背中は少し先の通路を曲がった所で見えなくなってしまった。
まだそこまで距離がある為心配になってきた伊吹は大声で呼びかける。
「……」
しかしカスミから返事は無かった。
自分の声が洞窟内に反響の余韻を残している。
急いで道を進んでいく伊吹。
「……はぁ、はぁ、はぁ、クソ、運動不足だな」
ようやくカスミを見失った曲り箇所まで辿り着いた伊吹は、その先にカスミの姿を見つけた。
「カスミー! やっと追いついた……ぞ」
カスミの姿を確認した次の瞬間に伊吹の目に飛び込んできたのは、大きく開けた空間だった。
今まで居た洞窟内もそこそこ広かったが、ここはその何倍もの広がりを見せている。
さらに目を引くのは大広間とも呼べるその空間の真中辺りにある一際巨大なクリスタルだ。
壁面に生えているクリスタルとは比べものにならない程の巨大さ。
10~20メートル位あるのではなかろうか。
その雄大さに圧倒されているのかカスミもそのクリスタルを眺めていた。
「凄いな……」
圧倒的な大自然は見る者を魅了し、心を奪う。今まで考えていた事も一瞬で吹き飛ばされる存在感。
今まで見たことの無い光景に伊吹はただただ感嘆するしかなかった。
意識が吸い込まれそうな感覚になる手前で我に返り、一息つく。
「インスタ映え、ってやつだろこれは。やってないけど」
誰に見せるでもないがスマホカメラにその光景を収めはじめた時、伊吹は違和感を感じた。
────O-Rh'Dq;#JG?qjM?]v!K?────
「──ん?? 声?」
カスミの声でもなく、ヒマワリでもない声のような音が聞こえた。
聞こえたというより頭に響いたような感覚。
辺りを見渡してみるが、人気は感じられない。
────O-Rh'Dq;#JG?qjM?]v!K?────
「また聞こえた……誰かいるのか?」
再び同じように聞こえてくる声。確かに人の声だが何を言ってるのか分からない。
外国語なのだろうか?頭の中でとてもクリアに聞こえてくる。
「すみません! 私は日本人だがあなたの言ってる言葉が分からない」
とりあえず手を合わせて謝罪のジェスチャーをしてみる。
ついでに何を喋ってるか分かりません的なジェスチャーも身振り手振りでして見せた。
────n)f_%H!'qAAS%;-F"IA*────
三度響いてきた声は先程までの二回とは明らかに違って聞こえてきた。
少しだけトーンが下がったようにも感じる。何か伝わっただろうか。
「あー、えっと……もしかしてここ無断で入ったの怒ってます……?」
不法侵入が見つかって注意されているかもしれないが、ここは日本では無いという事か?
それともここの管理人が外人ってだけの話だろうか。
言葉は分からないがジェスチャーを交えて状況を説明してみよう。
「私達は怪しい者じゃありません。ここに迷い込んでしまっただけです。この場所がどこなのかも分かりませんし、何かしようとも思っていません。出来れば元居た場所まで戻りたいのですが、案内して頂けないでしょうか?」
離れた所からカスミがこちらをジッと見つめている。
何をしているのだろうといった表情だが、カスミにはこの声は聞こえていないのだろうか?
バタバタした身振り手振りを見られて少し恥ずかしい気持ちになった伊吹。
不思議な声からの返答が早く来ないかと願う。
「……」
しばらくの間辺りを見回しながら返答を待ってみたが沈黙だ。
動いてもいいものだろうかと思いつつ、とりあえずはカスミの所まで進んでみることにした。
「なぁカスミ、カスミにはさっきの声って──」
「ねーねーいぶきーおんなのひとのこえがするねー」
「──! やっぱり聞こえてるのか……」
「うん、とってもきれいなこえでちかくにいるみたい!」
「同じように聞こえてるみたいだな。でも何言ってるか分からないから困るよなぁ」
カスミにも同じように聞こえていて少し安堵した。
幻聴とかだったらいよいよ現状が夢か幻になってくる。
「もしかしたら外国の人かもしれないけど、これ以上ここに居ても仕方ないだろう。先へ進もうか」
「えー、おなかすいたー! きゅーけいしよーよー!」
「休憩かー。……それもそうだな。何だかドッと疲れたような気がする」
カスミの提案を受け入れて休憩を取る事にした伊吹。
突然訳の分からない状況下に陥り、精神的な疲れの方が大きかった。
見知らぬ洞窟を進んできた体力消耗よりも一息つける安堵感の方が勝ってきている。
大広間は先程までの洞窟通路と同じような環境で構成されていた。
違うのは巨大クリスタルのみ。
整っているという程ではないが、ほとんど大きい障害物が無い地面を通って巨大なクリスタル付近まで辿り着くのは大した苦労も無かった。距離にしておよそ200メートル程だろうか。
「この辺で休もうか」
「わーい! やったー! おやつー!」
「はいはい、おやつね。えーっと何があったかなっと」
バックパックを地面に降ろして中を確認してみる。
そんな遠出するつもりも無かったから大した物は無かった。
「ビスケット、チョコレート、おにぎり、飲み物、ヒマワリのエサ、こんな所かな」
「ビースケットちょうだい!」
「はい、どうぞー」
「わーい!」
レモンクリームが挟まっているビスケットは俺もカスミも大好物だ。
水分が足りなくなるだろうから一緒にお茶入り水筒を手渡した。
「はー、よいしょっと……」
眼前に巨大なクリスタルを見上げながら無骨な地面へ腰を下ろす。
若干刺々しい岩肌がお尻にダメージを与えるが、そんな事はお構いなしだ。
とにかく座りたかった。
伊吹の横にカスミが同じように腰を下ろした。
ちょこんと座った後に一目散にビスケットの袋を破り始める。
「うーんっしょ!」
おもいきり力を込めて袋を左右に引っ張り、袋は弾けた。
勢いが良すぎた為ビスケットが宙を舞う。
「またやったー。縦に切ればいいのに好きだねーその開け方」
こぼれたビスケットをカスミに手渡しながら微笑む伊吹。
「いいのー! こっちのほうがキレイにたべれるから!」
「几帳面なのか、ガサツなのかよく分からんねー」
ふと周りを見渡してヒマワリの姿が無い事に気づいた。
はぐれたのだろうか?
カスミの傍から離れる事は滅多に無いから余計に珍しい。
そんな事を思った次の瞬間。
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